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5つのパンと2匹の魚

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主よ、何処へ

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よくよくあなたに言っておく。あなたが若かった時には、自分で帯をしめて、思いのままに歩きまわっていた。しかし年をとってからは、自分の手をのばすことになろう。そして、ほかの人があなたに帯を結びつけ、行きたくない所へ連れて行くであろう」。(ヨハネ21:18)

 ペテロはイエス様が召天された後、初代教会の中心人物となります。コリント人への手紙を読みますと、彼の後半生涯は妻を伴って各教会を回っておしえを広めたようです。そして伝承では紀元67年頃にローマで殉教の死を遂げたと言われています。こうした歴史からも、ペテロが若い頃は自分が行きたい場所へ、好きな時に行くことができましたが、最後はローマ帝国に捕まり、他の人がペテロに帯を締めてペテロを引いて行った光景が想像できます。そして殉教の場所がローマの丘であり、それも逆さ十字架刑であったと記録されています。カトリック教会はこの場所を記念し、この地にサン・ピエトロ聖堂を建て、ペテロを初代教皇としました。

 この歴史的出来事を特に有名にしたのは、ポーランドの作家ヘンリク・シェンキェヴィッチが1896年に発表した「クォ・ヴァディス」という小説だと思います。「クォ・ヴァディス」とはラテン語で「何処へ行くのですか」という意味です。これに主というラテン語「Domine」がついて「Quo vadis, Domine?」 (主よ、何処へ)と訳されています。


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 この言葉はペテロの運命を決めたばかりでなく、その後のキリスト教の苦難と栄光の歴史を象徴するものとして作中のクライマックスで用いられている。ローマ帝国におけるキリスト教徒への迫害は日を追うごとに激しくなり、虐殺を恐れた者たちが国外へ脱出する事も当たり前になっていた。ペトロは最後までローマにとどまるつもりであったが、周囲の人々の強い要請により、渋々ながらローマを離れるのに同意した。夜中に出発してアッピア街道を歩いていたペトロは、夜明けの光の中に、こちらに来るイエス・キリストの姿を見る。ペトロは驚き、ひざまずき、尋ねた。Quo vadis, Domine? (主よ、何処にか行き給うか)
キリストはこう言いました。「あなたが私の民を見捨てるなら、私はローマに行って今一度十字架にかかるであろう。」 ペトロはしばらく気を失っていたが、起き上がると迷うことなく元来た道を引き返した。そしてローマで捕らえられ、十字架にかけられて殉教したのである。
 
 これは小説ですが、何処か真理を突いたお話ではないでしょうか。現代に生きる私たちクリスチャンはどうでしょうか。今はローマ帝国時代のような迫害もなければ、殉教も無いと思います。しかし私達も実は、イエス様を信じる前は自由に行きたい所へ好きな時に行く者でありましたが、イエス様を信じてからはペテロのように神様の御心を先立てて歩む人生に変えられたのではないでしょうか。
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by carbondalle1996 | 2013-05-26 22:25 | 日記 | Comments(0)
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