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5つのパンと2匹の魚

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謙遜

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ある日、妻が長年のロングヘアをバッサリと切ってショートヘアにしました。それを見たクリスチャンの夫がたいへん怒ってこう言いました。
「俺の許可なくなぜ髪を切ったんだ!俺はお前のロングヘアが大好きだったんだ!」
それを聞いたクリスチャンの妻がこう言いました。
「それなら私も言いますけど、あなたは一体誰が許可してそのような頭になったの?昔はふさふさの髪の毛だったのに、今は一本も髪の毛が無いじゃない!私はふさふさの髪の毛のあなたが大好きだったのよ!」
妻の言葉を聞いて夫はすかさずこう言いました。
「すまない。なかなか神様の栄光を表すことができない未熟者の俺は、せめて頭だけでも神様の栄光を表わしたいといつも願っているんだ。」

 売り言葉に買い言葉では争いを止められませんが、謙遜を身につけるならば時として争いを「笑い」に変えることもできるかもしれません。いつの時代も政治家の失言が問題となりますが、その原因の一つは謙遜の欠如ではないでしょうか。自分は正しい。相手が間違っている。ゆえにどこか相手を上から目線で見てしまう。謙遜に相手の所まで歩み寄り、相手に寄り添うことが大切なのではないかと思います。

 アンドリュー・マーレーは、謙遜こそ神様から与えられるすべての徳の根源であり、イエス・キリストは神様の謙遜が人間となって具体化された方だとも書いています。そして謙遜とは単に、私たち人間が取るに足りない者であるとの意識であり、神様がすべてのすべてであることを私たちが悟ったときにもたらされるものである。そしてそのような私たちが取るに足りない者であるという意識において、私たちは神様がすべてであることを受け入れるとマーレーは謙遜について語っています。主に「謙遜」を日々求めてまいりましょう。そして謙遜な者となりましょう。

“同じように、若い人たちよ。長老たちに従いなさい。
また、みな互に謙遜を身につけなさい。
神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜うからである。”
                        (Ⅰペテロ5章5節)

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by carbondalle1996 | 2013-06-02 20:03 | 日記 | Comments(0)
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