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5つのパンと2匹の魚

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コイノニア

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”すなわち、わたしたちが見たもの、聞いたものを、あなたがたにも告げ知らせる。それは、あなたがたも、わたしたちの交わりにあずかるようになるためである。わたしたちの交わりとは、父ならびに御子イエス・キリストとの交わりのことである。”(Ⅰヨハネ1:3)

 ヨハネはここでこの手紙を書いた目的を述べています。それは「あなたがたも、わたしたちの交わりにあずかるようになるためである」とあります。ヨハネがいう交わりとは何でしょうか。この交わりと訳されているギリシア語はコイノニアという言葉で、その意味は「共有する」とか「分かち合う」という意味です。私たちがこうして毎週日曜日に教会に集い交わりを持ちます。これはイエス・キリストを共有し分かち合うことです。個人個人が日々の生活において父なる神様と交わり、子なるイエス様と交わる生活。そして教会に集い、みなでキリストを共有する。それがコイノニアなる交わりです。

そして永遠のいのちは、永遠の神と救い主キリストとの「交わり」の中にあります。それは神ご自身が永遠のいのちであるので、そのかたと交わることは、人間もその永遠のいのちにあずかることを、意味するからです。キリストはこの交わりの仲介をしてくださる方なのです。この「交わり」がいのちであるということは、例えば次のようなことです。私たちはバッテリーの電圧が下がったとき、それを電気につないで充電します。そのように、自分より大きな容量の電気との交わりがなされると、そのバッテリーは再び回復します。
 同様に、「永遠のいのち」そのものである無限の神との霊的な交わりの中にこそ、私たちの「永遠のいのち」があります。
 永遠のいのちとは、単に"いつまでも死なない"といういのちではありません。永遠のいのちは、比類ない質を備えた生命なのです。永遠のいのちによる幸福は、空しさ、はかなさ、苦さなどを伴うことがありません。永遠のいのちは、充実・躍動する生命であり、それ自体の内に幸福の源泉をもっているのです。この永遠のいのちによる幸福が、神の子の幸福です。それは、生命それ自体の内に幸福の源泉をもつゆえに、絶対かつ永遠です。
 またこの幸福は、神との愛の交わりに基礎を置いているために、真の安息と満足をもたらします。人は、"愛される"ことによって安息し、"愛する"ことによって満足するように造られているのです。
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by carbondalle1996 | 2013-06-08 08:29 | 日記 | Comments(0)
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