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5つのパンと2匹の魚

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慰霊の日を迎えて

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 この日がくると今でも大和教会の青年会だったA姉の言葉を思い出します。「沖縄から出てきて驚いたことは、本土の人が、6月23日が何の日か全然知らないこと。とても悲しく思いました。」彼女の言葉を聞いて、「6月23日?何それ?」と正直私も思いました。親からも学校の教科書からも教わらない「6月23日」にいったい何があったのだろうか。3年前に沖縄の和田伝道師を訪れたときに、共に沖縄平和記念公園で祈りを捧げ、この日の持つ意味の大きさと深さを体験しました。

 沖縄は日本で唯一、市民が地上戦を経験した土地です。戦死者20万人の内9万4千人が一般市民。沖縄を防衛する軍司令部がこの日未明に自決し、組織的戦闘は終結しました。しかし悲劇はこの後に起こりました。市民を守るべき軍隊が無いことを知った人々は、家族ごとに非難していた洞窟で軍から渡された手榴弾で自決し、またある家族は崖から投身自殺をしました。実際は地上戦で無くなった市民の数よりも、戦争終結後の方が多いと言われています。戦後沖縄県はこの日を、「沖縄戦の戦没者の霊を慰めて平和を祈る日」として祝日としました。

 沖縄の和田伝道師とこうした洞窟を訪れた時の言葉を思い出します。「ここがその洞窟です。沖縄の人は観光客がここに入ることを嫌がっているので、洞窟に入らずにここで祈りましょう。」加害者と被害者。沖縄人はあの戦争で日本に捨てられたという傷、家族を殺してしまったという深い傷を負っています。「慰霊の日」は、本当は「天皇誕生日」よりも、どんな祝日よりも、もっと大切にしなければならない日なのではないだろうか。日本人として沖縄の人々に心から謝らなければいけない日なのではないだろうか。それが加害者の子孫である私たち本土の人がなすべきことだと思いました。

 聖書は悲しむ者と共に悲しみなさいとあります。私たちは彼等の悲しみを担うことはできなくとも、彼らに寄り添うことはできます。キリスト者として、悲しむ者に寄り添う者でありたいと思います。当時青年会だったA姉は、今は立派なお母さん。先日二人目の赤ちゃんを出産しました。きっと子供たちに「慰霊の日」の意味を伝え続けることでしょう。今週から大和教会ICAの中高生が沖縄に就学旅行に行きます。教科書が教えない大切な歴史を学び、平和の大切さを学んでほしいと願います。
                         
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by carbondalle1996 | 2013-06-23 05:30 | 日記 | Comments(0)
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