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5つのパンと2匹の魚

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WWJD

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”すべて神から生れた者は、罪を犯さない。神の種が、その人のうちにとどまっているからである。また、その人は、神から生れた者であるから、罪を犯すことができない。”(Ⅰヨハネ3:9) 

 ヨハネはクリスチャンについて、神から生まれた者と定義しています。「すべて神から生れた者は、罪を犯さない」とあります。するとクリスチャンは罪を犯さないのですかと誤解されますが、クリスチャンでも罪を犯します。これをウイリアム・バークレーは、「すべて神から生まれた者は、故意に罪を犯し続けない」と解釈しています。

 クリスチャンも人間です。罪人です。ただイエス・キリストを救い主と信じることによって罪が赦された者です。ですから決して自分自身を誇ることはできません。死ぬまでたくさんの罪を犯します。しかし、故意に罪を犯し続けることはありません。「あの人は嫌いだから、このまま嫌い続ければ良い」とは考えません。「あの人は悪い人だから、意地悪をしよう。何か頼まれても決して助けない」とは考えません。嫌っている自分に気づいたら、神様に罪を告白し、悔い改めて、嫌わない努力をします。嫌いな人を好きになることは難しいです。ですからお祈りします。「神様、どうぞあの人を私の心が嫌わないように、あの人を好きになれるように私の心を変えてください。」そして宣言します。「私はAさんを赦します。私はAさんを愛します。私はAさんを祝福します。」

 つまり神様を知る以前は、罪に対して鈍感であった者が、神様を知った後は罪に対して敏感に変えられたということです。これが「故意に罪を犯し続けない」という意味です。それではどうしてそのように変えられたのでしょうか。ヨハネは「神の種が、その人のうちにとどまっているからである」と書いています。神の種とは何でしょうか。それはみことばです。聖書の御言葉が神様の種となって私たちの心に植えられ、芽を出して成長するごとに、私たちは故意に罪を犯し続けることはできなくなるのです。なぜでしょうか。神様を愛する者に変えられ、神様が喜ばれるように生きたいと願うからです。

 WWJDという言葉があります。What Would Jesus Do? の頭文字です。イエス様だったらこの場合どうしますか?これはアメリカの高校生の間で流行した言葉です。問題に直面したとき、友人関係のトラブル、イエス様だったらどうするだろうか?そのことを考えたtときに、高校生たちはイエス様がされたであろう愛の選択を選びました。私たちも問題に直面したら、考えてみてはいかがでしょうか?What Would Jesus Do?イエス様だったらどうするだろうか?きっと解決の道が与えられると信じます。


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by carbondalle1996 | 2013-07-10 06:28 | 日記 | Comments(0)
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