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キリスト者のあかし

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神の子を信じる者は、自分のうちにこのあかしを持っている。神を信じない者は、神を偽り者とする。神が御子についてあかしせられたそのあかしを、信じていないからである。 そのあかしとは、神が永遠のいのちをわたしたちに賜わり、かつ、そのいのちが御子のうちにあるということである。(Ⅰヨハネ5:10~11)

 ヨハネはこの手紙を通して繰り返し、繰り返し「互いに愛し合いなさい」と言いました。愛することはキリストを証すること。そしてこの愛するという証は、私たちが永遠のいのちをもっている事実から生まれ、それは私たちの内におられるキリストから注がれます。つまり私たちはイエス・キリストをもっているから、永遠のいのちを持ち、永遠のいのちがあるから隣人に無償の愛を与えることができるのです。それは私たちの努力ではありません。内におられるキリストのゆえです。

 1912年に客船タイタニック号が処女航海で沈没しました。この乗客の中にジョン・ハーパー牧師がおりました。ハーパー牧師は、シカゴのムーディー教会で三ヶ月の奉仕をする為に、六歳の娘ニーナとタイタニックに乗船していました。船が沈み始めると、娘だけを救命ボートに乗せた。そして「また会えるからね」とだけ娘に言い残し立ち去る。その目には涙が光っていた。妻は3年前に病死しているので、ニーナちゃんは孤児となってしまうからである。そして、海に投げ出されてからも宣教し続けたのだった。

 船から海に飛び込んだハーパー牧師は、娘を近くの救命ボートに乗せると、「女、子供やまだ救われていない者達をライフボートに入れてくれ。」と頼み、近くを泳いで漂っている人を探しに泳ぎ始めました。一人の救命胴衣も付けていない人に出会ったハーパー牧師は、「君は、イエス様を信じているか?」と尋ねました。彼が、信じていないと言うと、自分の救命胴衣を彼に渡し、「私の心配はいらない、私は海に沈むのではない。天に昇るのだから。」と言って、再び泳ぎ始めました。このハーパー牧師に海で出会った別の男性が救助された後、カナダの教会を訪れてハーパー牧師の最後を話しました。

 「私の近くに泳いできた方は、苦しそうでしたが、私に、『君はイエス様を信じているか?』と尋ねましたので、『まだだ。』と答えました。すると、『主イエスを信じなさい。そうすれば救われる!』と言いましたが、その次の瞬間、波が私たちを引き離しました。再び、波によって私たちが近づいた時、再びその方が、私が先ほどの者であることも判らない状態でしたが、『救われているか?』と尋ねてきました。そして、『主イエスを信じなさい。そうすれば救われる。』と言いつつ、波にのまれて行かれました。私はその後、救助されて、その方の語ったイエスを知るために教会に来ました。」「私はジョン・ハーパー牧師の最後の回心者です」と証しました。

 永遠のいのちをもつ者は無償の愛をもっています。この愛は私たちの内におられるイエス・キリストから出るからです。自分の努力で愛するのではありません。主から与えられた愛をそのまま隣り人へ与えるのです。私たちはこの方の愛を与えられ、持っています。さあ、出て行ってこの愛を与える者となりましょう。
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by carbondalle1996 | 2013-07-19 06:37 | 日記 | Comments(0)
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