ブログトップ

5つのパンと2匹の魚

fivebread.exblog.jp

聖霊の証印

f0229700_5421678.jpg



あなたがたもまた、キリストにあって、真理の言葉、すなわち、あなたがたの救の福音を聞き、また、彼を信じた結果、約束された聖霊の証印をおされたのである。この聖霊は、わたしたちが神の国をつぐことの保証であって、やがて神につける者が全くあがなわれ、神の栄光をほめたたえるに至るためである。(エペソ1:13~14)

 パウロは、クリスチャンはみんな、イエス・キリストを信じた結果、聖霊の証印を押された存在だと言いました。証印というのは、昔、羊飼いが羊に焼印を押しましたが、それはこの羊は誰々の所有であるという意味です。私たちも目には見えませんが、イエス・キリストを主と信じた結果、私たちの主人はイエス・キリストです。ですから私たちの心には、イエス・キリストが所有者だという焼印が押されているのです。
 そしてこの聖霊の証印は神の国をつぐときの保証だとパウロは言っています。保証というギリシア語(アラボーン)は「手付金」という意味です。当時のローマ帝国内では、商売上この手付金が物品の売買でなされました。逆に手付金が無いといくらほしくても、その商品を購入することはできませんでした。

 私たちの生活の中で手付金を払うということはなかなか無いと思います。なぜならば手付金というのは、唯一の物に対して払われるからです。街の電器屋さんに行って、あなたがほしいテレビを見つけたとします。「おじさん、これ気に入ったから今は1000円払うからこのテレビを誰にも売らないでね」とはなりません。なぜならばそのテレビと全く同じ物がたくさん倉庫にあるからです。
 しかし、あなたが中古車売り場に行ったとします。あなたがほしかった車が破格の値段で売っていました。店の人に聞くと、車の後ろに小さな傷があり、そのために破格の値段になったと説明されました。小さな傷を気にしないあなたはきっとこう言うでしょう。「おじさん、この1000円を手付金として払うから、他の人には売らないでください。残りは後から払います。」 

 このようにたったこれしかない、1つの物に対して手付金は存在します。これと同じように、私たちに聖霊という手付金が払われたならば、私たちはそれを払った方にとって唯一の存在なのです。そう支払ってくださったのは神様です。神様は私たちを、どうしてもほしいと思い、聖霊の証印という手付金をすでに払ってくださっているのです。これは来るべき神の国を受け継ぐ保証だとパウロは断言しているのです。神様のよって贖われた私たちはなんと幸せな者ではないでしょうか。私たちは神の国を受け継ぐ者とされたのです。
[PR]
by carbondalle1996 | 2013-07-27 05:59 | 日記 | Comments(0)
<< Lunch Time あらゆる知恵と悟り >>