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5つのパンと2匹の魚

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救いは無償のプレゼント

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あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである。(エペソ2:8~9)

 高校や大学受験は勉強して努力して、ある基準以上の点数を取ると合格してその高校や大学に入学できます。資格試験も同じです。一生懸命勉強して、合格すると資格を得ることができます。この世の入学や資格はすべて努力の結果、あるポイントまで到達すると与えられます。しかし、天国はいくら善行を積んでも、神様が求めるポイントには到達しません。ある人は、人生の良い行いから悪い行いを引いて、良い行いが多いと天国へ入れると考えますが、それは間違いです。

 マタイ福音書19章に富める青年の記事があります。あるとき一人の青年がイエス様に近づいて来て尋ねました。「イエス様、永遠のいのちを得るにはどうしたら良いでしょうか。」するとイエス様は青年にこう答えました。「永遠のいのちを得たいなら、聖書が教える戒めを守りなさい。」すると青年はまた尋ねました。「どの戒めですか。」「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、父と母を敬え。自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ。」
 するとこの青年は答えました。「それらはみな守ってきました。他に何が足りないでしょう。」イエス様は青年を見つめてこう言いました。「もしあなたが完全になりたいと思うなら、帰ってあなたの持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に宝を持つようになろう。そして、わたしに従ってきなさい。」この言葉を聞いて青年は立ち去った。たくさんの資産を持っていたからである。

 この話を聞くと、私たちも持ち物を全部売り払って貧しい人々に施すなどできません。それでは私は天国へ入れないのでしょうか。いいえ、違います。この青年は戒めという行いによって天国に入ろうと考えました。ゆえにイエス様は、青年に「天国に宝を積む」という行為を求めました。すると彼はできませんでした。イエス様が青年に教えたかったのは、「できません」ということだと私は思います。なぜなら、青年はそれまで自分は行為においては完全だと考えていたからです。しかし、戒めを守るという行為において人は完全になることができません。イエス様はこれを教えたかったのだと思います。

 このエペソ人への手紙を書いたパウロも富める青年のようでした。タルソというローマ帝国の3大学問都市の1つタルソで13歳まで聖書の基礎を学び、エルサレムに上り当時最も権威あるラビ・ガマリエルの下で神学を学び、聖書の律法においては最も厳しいパリサイ派に属していました。律法の行いによって天国に入るというグループです。その結果パウロは天国へ近づいたでしょうか。いいえ、これも違います。パウロは律法を守らせるために、クリスチャンを迫害する者となりました。
 つまり聖書への熱心さが逆にイエス・キリストを迫害し、神様に反逆する者となってしまったのです。そのようなパウロが、ダマスコの途上で復活の主に出会い、イエス・キリストを信じて救われました。それではパウロが救われたのはなぜでしょうか。それは神様の一方的な憐れみです。パウロに良い行為があったからではありません。いいえ、行為は最悪でした。パウロはただイエス様から救いというプレゼントを受け取っただけです。

 このように救いはプレゼントだということです。もしこれがパウロの行為に神様が答えられたとしたら、救いはプレゼントではなく行為に対する報酬となります。しかし、救いは報酬ではありません。

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 私はミニトマトを植えまして、今年はたくさん実を結んでいます。採れたてのトマトをサムエルの手の上に置きますと、サムエルは喜んで食べます。ところがマリアにもトマトをあげようとしますが、マリアは決して受け取りません。プレゼントとはこういうものです。こちらは子供たちに与えたいと考えますが、一人は喜んで手を差し出して受け取り、一人は頑なにいらないと言います。
 神様が私たちにくださる天国というプレゼントも同じです。子供である私たちが、「神様、ください」と手を差し出すときに、神様はこのプレゼントを与えてくださるのです。しかし、「いいえ、いりません」という人に神様は、あげたくてもあげることができないのです。これが救いは神様のプレゼントだということです。救いという神様からのプレゼントをあなたもどうぞ受け取ってください。神様はこのプレゼントをあなたに受け取ってほしいと願っています。
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by carbondalle1996 | 2013-08-02 05:38 | 日記 | Comments(0)
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