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5つのパンと2匹の魚

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翌日に持ち越してはならない

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怒ることがあっても、罪を犯してはならない。憤ったままで、日が暮れるようであってはならない。 また、悪魔に機会を与えてはいけない。(エペソ4:26)

 ユダヤ人にとって日が暮れることは翌日になることを意味します。ですからこれは怒りを翌日まで持ち越してはいけないという意味です。どうして怒りを翌日まで持ち越してはいけないのでしょうか。それはサタンに機会を与えてしまうからです。罪は心の中で生まれ、それが行動となって起されたのが犯罪です。

 人類最初の殺人事件はアダムとエバの息子カインによって起されました。兄のカインと弟のアベルは神様に捧げ物を捧げました。カインは畑で採れた収穫物を捧げ、アベルは羊飼いだったため、自分が飼っている羊の中で最高の羊を神様に捧げました。神様は二人の捧げ物を見て、アベルの捧げ物を顧みられました。カインの捧げ物は顧みられなかったので、カインは大変憤りました。そしてカインは弟を殺す計画を立て、ある日弟のアベルを野原に呼び出して弟を殺してしまいました。

 カインの心に何が起こったのでしょうか。カインは自分の捧げ物が神様に顧みらえずに弟のものが神様に顧みられたその結果を見て、怒りを持ちました。このとき神様はカインに向かってこう言いました。
「なぜあなたは憤るのですか、なぜ顔を伏せるのですか。正しい事をしているのでしたら、顔をあげたらよいでしょう。もし正しい事をしていないのでしたら、罪が門口に待ち伏せています。それはあなたを慕い求めますが、あなたはそれを治めなければなりません」。

 罪が門口に待ち伏せし、それはあなたを慕い求めるとあります。罪はサタンです。私たちが怒りを持ち続けると、私たちはサタンに足場を与えてしまうことになるのです。サタンは巧妙にそうした足場から私たちの心に入ってきます。その結果、私たちに赦さない心、恨み、妬みという悪い思いを作り上げて行きます。それはまるで悪い種が心に植えられ、その悪い芽が生え、成長し、悪い実を結ばせるようです。悪い実こそ行為としての罪です。カインはその結果アベルを殺し、イスカリオテのユダはイエス様をサンヘドリンに売ってしまいました。

 神様はカインに言いました。「あなたはそれを治めなければなりません」と。怒ることを禁止することはできません。怒りは人間の感情である以上必ず起こります。しかし、その怒りを治めることはできます。その怒りサタンが働く機会として与えないように、翌日まで怒りを持続させないように、怒りを治めることが大切です。怒りを治める唯一の方法は赦すことです。神様があなたを赦してくださったように、あなたもあなたの隣人を赦しましょう。赦しは隣人のためではなく、あなたの幸せのためなのです。

 Praise The Lord!
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by carbondalle1996 | 2013-08-15 05:17 | 日記 | Comments(0)
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