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5つのパンと2匹の魚

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人はパンのみで生きるにあらず

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 進化論は、私たちから生きる目的や意味を奪い去ってしまいます。そういった意味では恐ろしい教えだと思います。著名な作家の五木寛之さんが「人生の目的」という本を書いています。その中で五木さんは人生の目的についてこう述べています。

 人生に果たして目的はあるのか。私は無いと思う。人間は人生の目的を持たなくても生きて行くことはできる。しかし、それですめば世の中は簡単だが、人間とはやっかいな生き物である。人生に目的がないとがっくりする気持ちがどこかにある。やはり人生に目的を持ちたいというのが、人の気持ちである。思うに全ての人はその人なりの人生の目標や夢をもっている。名声、権力、お金、健康。しかし、人生の目的はこれらとは違う気がする。→(最後に飛んで)人生に目的は無いと私は最初に書いた。しかし、正直に言えば、人生の目的がわからないということだったのかもしれない。しかし、このことだけはわかっている。人生の目的の第一歩は生きることである。何のためにという目的は後からついてくるだろう。

 タイトルを「人生の目的」としておきながら、「正直に言えば、人生の目的がわからない」と最後に書いており、それならば最初から書かなければ良いとも思いますが、これが神様を信じない教養人の限界だと思いました。どんなに頭が良くて、立派な本をたくさん書いても、五木さん自身が人生の目的を知らずに生きているということの告白本だと思いました。私たちは聖書を読み、人生の目的を知っています。それは神様によって造られた存在であるから、神様をいつも褒め称え、讃美し、神様の栄光のために生きること。神様無しで、自分中心でいくら成功し、たくさんの富を得たとしてもその人生は空しい人生です。なぜなら私たちはそのように造られているからです。

 イエス様が40日間の断食の後、荒野でサタンの誘惑に遭いました。空腹のイエス様に向かってサタンは、「もしあなたが神の子であるなら、これらの石がパンになるように命じてごらんなさい」と言いました。するとイエスは、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」と答えました。空腹の人にとってパンはどんな富にもまさるものだと思います。同じようにお金の無い人にとって、お金は何にも代えられない最高のもの。名声のほしい人には名声が、権力のほしい人には権力が、恋人のほしい人には恋人が、その人その人の心の欠乏によって、それはサタンが誘惑するパンとなります。

 しかしイエス様ははっきりと言いました。「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである」と。私たちが富や名誉や権力といったパンを食べたとしても、それでは生きて行けないのではないでしょうか。それでは本当の満足を得ないのだと思います。私たちが心から満足できるのは、神様のことばというパンをいつも食べること。そのように私たちは神様によって造られているのです。今日も聖書のみことばという神様が与えてくださったパンを食べましょう。それこそ私たちの魂を養う霊的なパンです。ハレルヤ!
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by carbondalle1996 | 2013-10-08 05:08 | 日記 | Comments(0)
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