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5つのパンと2匹の魚

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因果応報からの開放

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 K牧師が関西のある教会に招かれて伝道集会のご奉仕をしたときのことです。土曜日の夜に伝道集会をし、翌日の主日礼拝にもK牧師が説教をいたしました。土曜日の夜、伝道集会が終わり質問の時間となりました。すると一人の女性が手を挙げて尋ねました。「先生、教会の中に因果応報ってありますか」。あまりに明るい声だったので、K牧師はその女性がクリスチャンだと思ったそうです。そして丁寧に、はっきりと「キリスト教では因果応報というものはありません。それが断固断ち切られたところで私たちは生かされています。」そう答えたそうです。後でその教会の牧師から、あの女性はクリスチャンではなく、その夜に初めて来た来訪者だと聞かされたそうです。

 そしてその女性は翌日の礼拝にも来られたそうです。礼拝が終わってK牧師が玄関で挨拶をしていると、昨夜のその女性がK牧師のところに来て「洗礼を受けます」と言ったそうです。先生は、「それは早すぎるでしょう。決心はいいけれども、牧師の指導を受けて、ゆっくり準備をしなさい」と言いました。「それにしてもなぜこんなに早く決心をなさったのですか」と尋ねましたら、「説教の間ぐっすり眠れたからです」とその女性は答えました。

 彼女の家は家族や友人がみなある新興宗教に入っているそうです。因果応報の教えを畳重ねるように説き続けるその集団の中にあって、彼女ひとりそれを受け入れないでいるそうです。そして家族の中で起こる不幸はみな、その女性が先祖の供養をしていないからだと攻め立てられている。しかし、彼女はかれらの考えを決して受け入れることができないのだというのです。そして、辛くて、辛くて、もう2年間もぐっすり眠っていなかったそうです。しかし、昨晩、K牧師から「因果応報はない」と聞いて、昨晩はぐっすり眠ることができ、今日もその続きで安心して眠ることができましたということでした。安心して眠れるから、キリスト教は信じても安心だと考えたのでしょう。

 K牧師は、因果応報という間違った教えを、どれほど多くの宗教家が食い物にして人々を苦しめているのだろうかと改めて考えたのだそうです。

弟子たちはイエスに尋ねて言った、「先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。(ヨハネ9:2)
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by carbondalle1996 | 2013-10-16 05:45 | 日記 | Comments(0)
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