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5つのパンと2匹の魚

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立ち止まって、話し合われた神様

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神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。(創世記1:26)


 さて、神様が人を創造するときに父なる神様、子なる神様、聖霊なる神様の三者の間でこのような会話がなされました。「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。神様が人を創造することについて話し合われたということを見るときに、これは神様にとっていかに重大なことであったかがわかります。神様は天地万物の創造において父なる神と、子なるイエス様、聖霊なる神様の共同作業だとお話しました。しかし、光を創造されたときも、空や海、植物や動物を創造されたときも、神様は話し合いをされませんでした。ただ言葉によって宣言し創造されました。

 しかし人の創造は違います。神様は全てを創造された後に一旦立ち止まり、話し合われました。そして自分達に似せて人を創造することを決めました。つまり人間は特別な存在だということがここでわかります。私たち人間は神様に似せて造られた特別な存在であるということです。聖書学者の榊原康夫先生は、人間は神様が創造された被造物の中で創造の冠であると言っています。私たちは神様にとって特別な存在なのです。他の動物とは違います。神様にとって特別な存在であるから、どんな人も尊い存在なのです。自分が特別であり、私たちの隣人も特別です。あなたは隣人をそのような神様の愛の対象として、尊い存在として見ていますか。あなたが尊い存在であるように、あなたの隣人も尊い存在なのです。隣人を自分自身のように愛しましょう。
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by carbondalle1996 | 2013-10-22 06:25 | 日記 | Comments(0)
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