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5つのパンと2匹の魚

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エデンの園

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主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。主なる神はその人に命じて言われた、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。 しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。(創世記2:15~17)

 「エデン」という言葉は「楽しみ」という意味です。ですからエデンの園とは楽しみの園と訳され、ここから楽園という言葉、パラダイスが生まれました。神様は創造の始め、人間を創造され、この人間をエデンの園という特別な場所に置いてくださいました。神様はこのエデンの園の管理を人に任せたのです。神様は人を創造したときに言いました。「全地に生きる動物を人によって治めさせよう。そして全ての種を結ぶ草と、実を結ぶ木をすべて人に食物として与えよう」と。

 エデンの園には人が生きて行くために必要な全ての鳥や魚、動物や植物、がありました。不足はありません。神様は十分すぎるほどの恵みをもうすでに与えておられました。しかし神様はこのエデンの園を管理する上で一つの命令を与えました。それは園のどの木からでも食べていいが、「善悪を知る木」からは取って食べてはいけないというものでした。これが、神様が人に与えた自由です。

 自由という英語は「Freedom」だと中学校で学びましたが、自由民主党の英語名をご存知ですか。それは「Liberal Democratic Party」が英語名です。ニューヨークにある自由の女神象は「Statue of Liberty」です。「Liberty」も日本語では自由と訳されます。「Freedom」とどう違うのでしょうか。いろいろな説がありますが、高校時代の英語の先生が私にこう教えてくださいました。「Freedom」が自由という状態そのものを表すのに対して、「Liberty」は一定のルールの中にある自由を意味する。それは何をしても良いという自由ではなく、ある決められたルールの中での自由だといいます。

 神様が人間に与えた自由も同じです。園にある木から何でも食べていいですよ。でも園の中央にある善悪を知る木からは取って食べてはいけません。これが神様が人に与えたたった1つのルールです。このルールを守った中に人は自由という状態でした。しかし、人というのはルールを見ると、頭で納得したいと思います。「どうして、なぜ」と。納得しないと「それはおかしい」と相手を非難したりします。

 神様の戒めも同じです。神様は十戒を人に与えてくださいましたが、十戒の中のこれとこれは納得できないから、破ってもいい。これが人の考えです。神様とは絶対なるお方です。絶対という言葉は対立を絶つと書きます。神の存在の前に対するものはありません。NHKの八重の桜で会津藩の教えを借りれば、「ならぬものはならぬ」というものです。神様がそう命じたからダメなものはダメ。自分が納得しても、しなくても、神様がダメと言えばダメ。それが絶対という世界です。私たち人間は、神様の定められたルールの中に生きて初めて本当の自由が与えられるのです。

 イエス様は言いました。「真理はあたなを自由にする」と。真理とはイエス・キリストです。イエス・キリストを心に受け入れるならば、私たちは心も体も、霊的にもあらゆる束縛から解放されて自由とされるのです。イエス・キリストを信じ、自由とされた喜びを今日も感謝して歩みましょう。
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by carbondalle1996 | 2013-11-05 06:36 | 日記 | Comments(0)
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