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5つのパンと2匹の魚

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ふさわしい助け手

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また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」。(創世記2章18節)

 神様は野の全ての動物、空の鳥をアダムの前に連れて行き、アダムはその全ての動物に名前をつけました。名前をつけるというのは、ユダヤ人の世界では支配者の権威を表します。神様はこの地上の全ての動物と植物を治める権威を人に与えられました。しかし、どんなに動物が人の労働の役に立ったとしても、それは人にとってふさわしい助け手ではありませんでした。アダムはきっと孤独を感じたのかもしれません。そんなアダムの姿を見て、神様は「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を造ろう」とおっしゃられました。

 「ふさわしい」と訳されているヘブル語の意味は、「対立」という意味と「似ている」という意味を含んでいます。対立とは敵対という意味ではありません。対立の関係にあってお互いを補い合うという意味です。例えば、右手と左手があって私たちは包丁で野菜を切ることができます。右手で包丁を持ったとしても、左手が野菜を抑えなければ野菜は切れません。右の目と左の目があるから、遠近感をつかむことができます。右目だけでは遠近感がわからずキャッチボールをすることができません。耳も左右にあるためにどこから聞こえる音でも聞き取ることができます。

 このように男性と女性の関係も全く違う性質、体の働きですが、それはお互いを補い合う関係にあります。よく男性は女性がわからないと言い、女性は男性がわからないと言いますが、それで良いのだと思います。神様はそのように男女を対立する者として創造されたからです。

 また「ふさわしい」という言葉には「似ている」という意味も含まれております。よく似たもの夫婦という言葉を聞きますが、全く姿・形が違う男女ですが、他人から見ると似たようなことを言っている、似たような行動を取る。あれは似たもの夫婦だと言われます。このように夫婦とは対立者として相互に必要な存在であり、似ている者としてお互いに協力する存在であるというのが、聖書が教える真理です。女性は男性のふさわしい助け手として神様によって創造されました。ふさわしい助け手が与えられている私たち世の夫は、このことにも神様に感謝しなければなりません。ハレルヤ!
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by carbondalle1996 | 2013-11-06 06:39 | 日記 | Comments(0)
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