ブログトップ

5つのパンと2匹の魚

fivebread.exblog.jp

白い衣を買いなさい

f0229700_645098.jpg


彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる音を聞き、わたしは裸だったので、恐れて身を隠したのです」。神は言われた、「あなたが裸であるのを、だれが知らせたのか。食べるなと、命じておいた木から、あなたは取って食べたのか」。(創世記3章10節)

 アダムもエバも最初から裸でした。しかし同じ裸でもそれは全く違った裸です。罪を犯す前の裸は「アローマ」という状態で、これは神の栄光が裸を被うという言葉です。それに対して罪を犯した後の「エローマ」という状態は、何かをもって覆わなければ隠すことのできない裸の状態です。人は罪を犯した結果、アローマという裸の状態からエローマという裸の状態に変わってしまいました。それはとても惨めな姿です。神様の栄光を身にまとっていた姿から、栄光の衣が奪われてしまったのですから。黙示録3章にこのような御言葉があります。

あなたは、自分は富んでいる。豊かになった、なんの不自由もないと言っているが、実は、あなた自身がみじめな者、あわれむべき者、貧しい者、目の見えない者、裸な者であることに気がついていない。そこで、あなたに勧める。富む者となるために、わたしから火で精錬された金を買い、また、あなたの裸の恥をさらさないため身に着けるように、白い衣を買いなさい。また、見えるようになるため、目にぬる目薬を買いなさい。(黙示録3章17~18節)

 イエス様は、私たちが裸であることに気がついていないと戒めています。人がどれほど高価な衣装をまとったとしても、神様の目にはそれは、いちじくの葉で裸を隠している姿と同じです。人はみな神様の前ではエローマという裸の状態です。イエス様はその裸を覆うために白い衣をわたしから買いなさいと言いました。イエス・キリストの義の衣こそ栄光の衣であり、それはアダムとエバが当初着ていた神様の栄光であり、アローマなる姿だったのです。

 人は罪の状態では神様の前に立つことは許されません。罪許され、義の衣を着て初めて私たちは神様の目に立つことが許されるのです。私たちがイエス・キリストを信じるならば、私たちは再びアローマという栄光の衣を着た姿で神様の御前に立つことが許されるのです。イエス様を信じて、栄光の衣を着る者とさせていただきましょう。
[PR]
by carbondalle1996 | 2013-11-21 06:54 | 日記 | Comments(0)
<< ごめんなさいと言えますか? ハイ!ここにいます! >>