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5つのパンと2匹の魚

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主によってひとりの人を得た

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人はその妻エバを知った。彼女はみごもり、カインを産んで言った、「わたしは主によって、ひとりの人を得た」。(創世記4章1節)

 アダムとエバは罪を犯し、エデンの園を追放された後に一人の子供が与えられました。エバはこのとき初めて一人の女性から母となりました。エバという名前の意味は「命」です。エバが人類全ての命の母となりました。子供が与えられたときエバは、「わたしは主によって、ひとりの人を得た」と喜びを表現しました。エバは「主によって」と子供が神様から与えられたと喜んだのです。神様からエデンの園を追われたアダムとエバにとって、子供が与えられたとは神様が自分たち夫婦を見放していないことを意味し、神様の祝福を意味するため大きな喜びだったのです。

 日本人は新しい命が与えられると、「子供ができた」と言います。この言葉からは何か自分達の努力によって得たようなニュアンスがあるように思えます。聖書は子供が与えられるとは神様の祝福だと教えています。夫婦の営みによって子供ができたと捉えるのと、「神様によって子供が与えられた」と捉えるのでは大きな違いです。エバは、神様がこの命を自分たち夫婦に与えてくださったと受け取り、それは神様の祝福だと受け取り、大いに喜んだのです。

 エバはまた「子供が与えられた」とは言わずに、「ひとりの人を得た」と言いました。なぜならばアダムとエバにとってこの子供こそ、神様がサタンの頭を砕くと約束された人ではないかと考えたからです。アダムとエバが罪を犯したときに神様は、女の末から生まれる者がサタンの頭を砕くと約束されました。エバは主によって与えられたこの子供こそ、神様の約束の人になると思い、「主によってひとりの人を得た」と喜んだのです。カインとは「得る」という意味です。エバは神様の祝福をカインを通して「得た」と受け止めたのでしょう。

 あなたは子供を、「主によって」与えられた子供だと受け止めていますか。どんなに科学が発達しても人は命を作り出すことはできません。ましてその中にある魂を造り出すことは不可能です。命は神様だけが創りだすことができます。子供とは、その夫婦へ預けてくださった大切な預かりもの。愛を注ぎ大切に育てましょう。子供は宝物ですから。
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by carbondalle1996 | 2013-11-25 06:30 | 日記 | Comments(0)
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