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5つのパンと2匹の魚

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アンデルセン

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 横浜カルバリーチャペルのコラムより紹介します。童話の王様アンデルセンは、貧しい家庭に生まれ育ちました。あの有名な「マッチ売りの少女」は、彼のお母さんの少女時代の体験を元にして書かれた作品と言われています。彼のお父さんは、家族を養うため、お金持ちの人の「身代わり」となって軍隊に入ったのですが、健康を損ねて帰り、若くしてこの世を去りました。

 貧しかったアンデルセンは、「貧民学校」に入って学ばなければなりませんでした。しかし、そこにも長くいることが出来ず、また小学校にも馴染むことが出来なくて、ほとんど学歴もないままに、14歳で、故郷のフュン島を離れ、ひとり首都コペンハーゲンのあるシェラン島に渡るのです。彼は書いています。「いよいよ船が私の生まれたフュン島を離れると、急に私は、誰もかまってくれる者のない孤独を感じ始めた。そして、天の神の他に誰も頼るものがないことをしみじみと感じた。シェラン島に着いて陸地を踏むと、すぐ私は海岸に立っている小屋のかげに行って、そこにひざまずいて神に私をお導きくださるようにと祈った。」(「自伝」より)。

 アンデルセンには、厳しい身分社会の中で、極端に貧しい階層の出であることと、もう一つ、背が高く、不恰好である、という劣等感がありました。そのため、随分いじめられたのです。彼は苦労の末、ヨナス・コリンという枢密顧問官にその才能を認められて、息子同然に育ててもらい、ラテン語学校、更にはコペンハーゲン大学にまで進ませてもらう幸運を得るのですが、身分社会の中では、いつも辛い差別を受けたのです。彼が他のヨーロッパの国々でその才能が高く評価されても、母国デンマークでは、なかなか認めてもらえませんでした。また、四つの恋も実ることなく、片思いに終わり、生涯独身でした。

 しかし彼は、「自伝」の中でこう記しています。「私は子どもの時と同じように、いよいよいけなくなると神がお助けくださるものと信じていた。私は幸運の星を持っている。そして、それは神への信仰に他ならないのである。」ですから彼が、「みにくいアヒルの子」の物語の最後に、こう言わせているのは、彼の実感であったと思われます。「僕が、みにくいアヒルの子だったとき、誰がこのような多くの幸福を夢見たろう!」 

 愛の主は、信じる者に限りない恵みを与え、豊かに養ってくださるお方なのです。ハレルヤ!
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by carbondalle1996 | 2013-12-08 15:33 | 日記 | Comments(0)
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