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5つのパンと2匹の魚

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私への語りかけ

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エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、その子が胎内でおどった。エリサベツは聖霊に満たされ、声高く叫んで言った、「あなたは女の中で祝福されたかた、あなたの胎の実も祝福されています。主の母上がわたしのところにきてくださるとは、なんという光栄でしょう。ごらんなさい。あなたのあいさつの声がわたしの耳にはいったとき、子供が胎内で喜びおどりました。主のお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんとさいわいなことでしょう」。(ルカ1:41~45)

 マリヤのあいさつを聞いたときとあります。それはきっとマリヤの身に起こった出来事をエリサベツに話したということでしょう。マリヤがエリサベツに自分の身に起こった出来事を語ったとき、エリサベツの胎内の子は踊り、エリサベツは聖霊に充たされました。エリサベツはマリヤについてこう言いました。「主のお語りになったことが必ず成就すると信じた女は、なんとさいわいなことでしょう」と。聖書はこれを信仰と読んでいます。

 信仰の父アブラハムが神様によって義と認められたのもこの信仰によってです。もう老人となり子供が産むことができない体となったにも関わらず、神様はアブラハムに「あなたの子孫はこの星のように数えられないほどになる」と言う神様の言葉を信じました。主のお語りになったことは必ず成就すると信じたゆえに、アブラハムは義人とされました。律法を守ったからではありません。

 私たちが聖書を読むときに、聖書のみことばを「私への語りかけ」として読むことをお薦めします。聖書は神様からのラブレターです。聖書のみことばが私自身への語りかけとして聴き、約束の御言葉が必ず成就すると信じるところに私たちの信仰があります。

 クリスチャンへに憧れた経験を記します。私がアメリカ留学から帰国し、地元の教会の礼拝であるクリスチャンファミリーが特別讃美をしました。その家族は教会の長老さんの家族で、子供が5人いました。上の二人が女の子で、下三人が男の子。家族7人ですが、特別讃美に参加いたのはご夫妻と上の女の子二人の4人でした。男の子たちは「恥ずかしいから嫌だ」と言って歌いませんでした。でも私はその家族が讃美する姿に感動しました。「恥ずかしいから嫌だ」と言った男の子たちは、それでも毎週礼拝に出席していました。私はその家族を見たときに、私もいつか子供たちと一緒に讃美をしたいと思いました。まだこの夢は実現していませんが、いつか子供たちと一緒に特別讃美ができたらと願っています。
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by carbondalle1996 | 2013-12-18 06:31 | 日記 | Comments(0)
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