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5つのパンと2匹の魚

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愛を追い求めなさい

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 私たちが誰に憧れて、何に感動するかによって、私たちの人生は変わります。私もアッシジのフランチェスコに感動しました。インドのマザー・テレサに感動しました。すると私の中に何が起こったかというと、プロテスタントだとか、カトリックだとかという神学論争は意味が無いということ。私もフランチェスコやマザー・テレサのように生きたい。彼らがもっていたものは何かと考えたら、それは愛だという結論になりました。二人の持っていた神様の愛に少しでも近づきたいと思い、私は礼拝の中でフランチェスコの平和の祈りを唱えるようにしました。「私を平和の道具としてください」というあの祈りです。マザー・テレサのようになりたいから、「逆説の十か条」も読む機会を得たいと思っています。

 私は子供伝道をするときにマザー・テレサを思い出します。彼女は神様からの召しを受けたときに、インドの修道院学校で子供たちを教えている先生でした。しかし、神様からの召しを受けて、学校という塀の中から外に出て、公園で地面を黒板として子供たちに勉強を教えました。それが彼女の伝道の始めです。

 人はパンを食べたければパン屋さんに行き、メガネが必要ならばメガネ屋さんに行きます。同じように愛がほしければ教会に来ます。NHKの大河ドラマ「八重の桜」では、教会に愛があることを全国に放送しています。しかし、もし愛を求めて教会に来たとしても、教会に愛が無かったとしたらどうでしょうか。パン屋さんに行ってパンが無かったら二度とそのパン屋さんに人は行きません。同じように私たちクリスチャンに神様の愛が無かったら、人は教会に来て「この教会は愛が無い」と言うでしょう。

 教会の中で癒しや奇跡が起こることは素晴らしいことだと思います。私は癒しや奇跡を求めます。しかし、聖書は最も優れているのは愛です。愛を追い求めなさいとあります。愛は赦すことです。もし誰かを赦せないでいるならば、そこに愛は生まれません。愛は赦す心に始めて生まれます。夫婦関係、親子関係、友人関係で相手を裁かない。いつもそのままの相手を受け止め、赦し、愛する心を神様は祝福します。愛のある教会を建て上げたいと願っています。
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by carbondalle1996 | 2013-12-20 18:19 | 日記 | Comments(0)
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