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5つのパンと2匹の魚

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みことばを宣べ伝えなさい。

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横浜カルバリーチャペルの新年コラムを拝読し、とても恵まれましたので、ご紹介させていただきます。

「一日は、私共にとりては、短き一生涯であります。朝生まれ、昼働き、夜は復活の希望をいだいて眠りの床につきます。かくて私どもには、一年三百六十五回の生涯があります。何と楽しいことではありませんか。」(内村鑑三)
「人間は、一日二十四時間ずつ死んでいく。」(カール・マルクス「資本論」)

一日ずつ「生きる」生涯と、一日ずつ「死んでいく生涯」、如何にも対照的です。人間を単なる「生物」としてとらえれば、マルクスの方が科学的で、正しいでしょう。しかし、人間はそんな事実を聞いて生きがいを感じ、喜びを感じて、希望に燃えることはないでしょう。人間は、心を持っています。もっと言えば神様から「命の息」を吹き入れられて「生きたもの」となった存在です。ただ「パンだけで生きる」ものではなく、「神の言葉によって」「神の霊」によって生きるものです。

 マルクスは、人間を「パンだけで生きる」者として「パン要求革命」を唱え、それが一部の国で実現しました。しかし、100年ももたず、その実験は自滅しました。霊的に飢え渇いた人々は、キリストのもとに殺到しました。ところが一方、アメリカをはじめとする、かつてのキリスト教国は、「富」を得て、尚、満ち足りることなく、更なる富を求め、際限なく、物質文明の中に落ち込んでいっているように見えます。

 日本は、キリスト教国でもなく、共産主義国でもありませんが、物質を、パンを求めて、心虚しく暮らしている、というのが、真相ではないでしょうか。しかし、これは長くは続かないと思います。必ず霊的な渇きが人々を襲うと思います。その時、戦時中のような政治的、文化的操作で、偶像礼拝に走るのか、それとも、まことの神様に走るのか、それはまさに主の戦いです。

 そんな大きな状況の中で、私たち日本のクリスチャンの責任は極めて大きいと思います。私たちは、リバイバルの到来を熱望します。と同時に、日々の伝道を怠ることなく、続けていかなければなりません。

 “みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。
寛容を尽くし、絶えず教えながら、責め、戒め、また勧めなさい。”(テモテⅡ4:2)

今年も、昨年に倍して、み言葉を宣べ伝えましょう!  ハレルヤ!
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by carbondalle1996 | 2014-01-05 15:09 | 日記 | Comments(0)
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