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5つのパンと2匹の魚

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意味の無いような人の名前の羅列

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アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図       (マタイ1:1)


 マタイ福音書1章は初めて新約聖書を読もうと決心した人にとっては、まさに躓きの石のごとく置かれている存在です。作家の三浦綾子さんは自身の経験からこのように語っています。「期待して開いたら意味の無いような人の名前の羅列、それを飛ばすようにして読むと、今度は乙女が聖霊によって身ごもったなどと描いてある。とんでもない本だと思った。読ませないように自分に挑戦している。それなら無理にでも読んでやると思った」とあります。無理にでも読んでやると思ったというのですから、三浦綾子さんらしいといえば、らしいと思います。それがあのクリスチャン作家三浦綾子さんが最初に聖書を読んだ始まりでした。

 三浦綾子さんが最初そう感じたように、「それは意味の無い人の名前の羅列」と思われても仕方がないものです。しかし、このマタイ福音書を書いたマタイは決して「意味の無い」ものとしてこれを書いたのではありません。いいえ、ここには深い意味があるとしてこの名前の羅列をマタイ福音書の冒頭に記しました。これはイエス・キリストの系図です。ですからこの中には私たちにとって貴重な宝が隠されています。この宝を見つけてみるという楽しさが、この名前の羅列の中にあるのです。あなたも宝を探してみてはいかがですか?
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by carbondalle1996 | 2014-01-06 20:35 | 日記 | Comments(0)
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