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5つのパンと2匹の魚

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砂鉄が磁石に吸い付けられるように

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すると、エルサレムとユダヤ全土とヨルダン附近一帯の人々が、ぞくぞくとヨハネのところに出てきて、自分の罪を告白し、ヨルダン川でヨハネからバプテスマを受けた。(マタイ3章5節)

 ここでバプテスマについて少し説明致します。全身を水に浸すというバプテスマはヨハネの登場以前の紀元前2~3世紀から、イスラエルの宗教行為として成立していました。例えば、正統派のユダヤ教徒が律法を書き写すという仕事に取り掛かる前に、まず自分の体を水に浸してきよめたりしました。また不敬虔な生き方から真実な礼拝者となるためにユダヤ人は自発的に全身を水できよめるという行為を行ないました。しかし、これらはみなユダヤ人の自発的意思によってなされた行為であり、ユダヤ人が神の国に入るために強制されるものではありませんでした。

 当時、神の国に入るために洗礼を受けなければならないとされていたのは、異邦人でした。ユダヤ人以外の異邦人がユダヤ教に改宗する際に、こうした洗礼を行なわなければならないとされていました。異邦人はそのままでは天国に入れませんから、こうした清めの儀式が必要でした。しかしユダヤ人は、アブラハムの子孫であるという理由で神の国に入れると考えられていたので、こうした洗礼を強要されることはありませんでした。このようにユダヤ人以外の異邦人が天国に入るために、バプテスマは必要不可欠な行為だったのです。

 ここでバプテスマのヨハネが「悔い改めよ、天国は近づいた」というメッセージを語ったときに驚くべきことが起こりました。本来洗礼を必要としないユダヤ人たちがユダヤ全土とヨルダン川付近からぞくぞくとヨハネのもとへ来て洗礼を求めました。まるで砂鉄が磁石に吸い寄せられるように、ユダヤ全土からユダヤ人がヨハネの下に集まってきました。当時の時代背景の中で群集がメシヤを求めたいたこともあるかと思います。また長く預言者が起こされなかったことから、バプテスマのヨハネを預言者として信じて群衆が集まってきたとも考えられます。まだヨハネがメシヤなのか、預言者なのかわからなかったと思いますが、どちらにしても人々は霊的な人物を心から求めていたことがわかります。

 あなたは霊的な渇きを感じていますか。あなたの渇きを充たすためにあなたは何処へ出て行こうとしていますか?あなたの渇きを充たすことができるのは、唯一イエス・キリストだけです。今日、イエス様のもとへ出ましょう。イエス様があなたの心の渇きを充たしてくださいます。
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by carbondalle1996 | 2014-01-22 06:06 | 日記 | Comments(0)
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