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5つのパンと2匹の魚

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根拠はありますか?

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ルポライターの朝山実さんが「父の戒名をつけてみました」という本を出版され、とても反響を呼んでいるそうです。著者の父親は元気だったころ、「葬式なんかいらん」「お坊主さんは頼まなくていい」と言い、著者の「だったら、戒名はぼくがつけようか」という言葉に「おまえがかぁ」と笑っていたという。また、お寺に対し父親は「先代はよかったけど、いまのあの住職はいかん。何かというと金カネ言いよって」と不満ももらしていた。こうした生前のやりとりを考えると、著者が父親の戒名をつけようとするのは、むしろ自然な流れのようにも感じる。しかし、この“オリジナル戒名”を発端に、著者はとんでもないもめ事に巻き込まれていく。

 お寺の住職には「そんな常識外れなことをしたら、仏さんは浮かばれないよ」「あなた、そんなおかしなことを言うていたら、墓に入れないよ」と恫喝するような口調で言われ、あげく「亡くなられたのは誰だか、わかっているのか」と叱責されました。

 葬儀社に紹介してもらった代役のお坊さんには「今回はこの戒名は私がつけたことにしていただけませんか」「ですからほんとうにお気持ちでけっこうですので、お布施とは別に、なにがしかをお包みいただけましたらですね」と遠回しに戒名料を請求される。ただし、金額を明示されない。あくまでも「お気持ち」なのだ。

戒名に関する著書もある社会学者の橋爪大三郎は、筆者との対談のなかで、こう語っている。「たとえるならまあ、戒名というのは、バレンタインデーのようなものですね。バレンタインデーに根拠がないことは、みんなが知っている。根拠がないからと無視しますか? 根拠がなくてもいいんです。チョコレートを配るのは、みんながやっている。だから、意味がある。これが、日本人ならではの考え方です。」著者は、戒名はバレンタインデーと同じという言葉にすっかり納得したということです。

 根拠がなくても良いというのが、日本人の宗教観かもしれません。しかし、永遠の命と救いに対してはしっかりとした根拠が必要です。聖書はこの救いの根拠についてしっかりと述べています。天国は神様からの無償のプレゼントであること。そして人はみな罪人でありそのままでは天国に入れないこと。神様は愛であると同時に義なる方であるため、罪人の私たちを赦したいと思うが、罪あるままでは救えないこと。この神様の矛盾を解決するために、神の子が私たちの罪の身代わりに十字架に掛かったこと。そしてこのイエス様の十字架は私の罪の身代わりだと信じる者に救いが約束されること。聖書にはしっかりと救われる根拠があるのです。
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by carbondalle1996 | 2014-02-01 19:52 | 日記 | Comments(0)
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