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5つのパンと2匹の魚

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主はへりくだる者に恵みを注がれる

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兄弟たち、あなたがたの召しのことを考えてごらんなさい。この世の知者は多くはなく、権力者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。(Ⅰコリント1章26節)

 「何があっても動じない強さ、義理と人情の人、気さくな上司、わが道を行く、俺は無敵だという感じ。」

 これは私がリバイバル神学校を卒業した時に、その卒業文集に書かれた同期や後輩からの私を紹介するメッセージです。私は同級生や後輩たちから動じない強さがあるとか、上司、わが道を行くタイプ、俺は無敵だといったようなイメージを持たれていたことを知り、今でも恥ずかしく思います。しかし、神学校時代を思い返すと、そのように思われても仕方が無い部分がたくさんありました。我が強くよく神学生時代も仲間と争いも起こしておりました。神学校を卒業して今年で10年が経ちますが、私は自分自身と同級生たちのこの10年の歩みを比べたときに、今日読みましたコリント人への手紙が真実だと思い、改めて神様の真実さに心が迫る思いです。
 
 私はどこかで自分の人間的な強さを誇っていた者でした。自分はカルバリーチャペルで指導を受けて、奉仕もして、朝から晩まで教会スタッフとして忙しく働いて、神学生として訓練を受けている。神学生としてこんなに訓練された神学生はいないのではないかと思えるほど自信がありました。ところがリバイバル神学校に通っている同級生たちはそのような訓練は普段受けておらず、普段は会社で働いている者がほとんどでした。ですから週に一度、教会で祈祷会と礼拝を守り、日曜学校の奉仕をするのが精一杯な人々でした。

 私と同じ歳でKさんという女性がいました。あるとき私が彼女に「卒業したらどうするの?」と聴きました。彼女は信徒に戻って教会の奉仕をするといいました。「伝道者にならないの?」と聞くと、「説教もしたことがないし、説教の勉強もしたことがないし、無理無理」と言っていました。そのような彼女が神学校を卒業して、熊本の母教会に戻り、伝道師として教会を助けなさいという命を受けまいした。母教会は引退した女性牧師が奉仕をしており、彼女はその後継者となりました。神学校の先生方は反対しました。あんな田舎でしっかりとした訓練も受けてない雅子が、教会で牧会なんてできるはずがない。しかし、本人はそれが神のみこころと信じて熊本に帰りました。

 彼女がリバイバル神学校で学んだことは1つだけでした。それはとりなしの祈りです。彼女はこの1つを持って熊本に帰りました。彼女は牧会とか説教ができませんから、いつも教会の近くの神社に行っては、「この地域を支配している悪霊よ出て行け。イエス様、この町を祝福してください」と祈ったそうです。地域の霊的地図を作り、何処に何神社があり、そのご神体は何で、それが縛っている闇の力が何でというように調べていつも悪霊追い出しの祈りをしました。当然、地元の神社の神主さんやお寺のお坊さんから目をつけられて、いつも追い払われたそうです。母教会の女性牧師もKさんがいつもとりなしの祈りと言って、神社で祈っているのを快く思っていませんでした。当然、非難されましたが、Kさんはとりなしの祈りをやめませんでした。

 しかし、そのような祈りを続けている中で、一人また一人と人々が教会を訪れるようになり、死にたいと自殺願望の者が救われたりと奇跡が起こったそうです。そしてそのような彼女の働きを支えたいという男性が与えられ、結婚し、子供も与えられたということです。私たちは彼女が熊本に帰って伝道すると聞いたとき、無理だと思いました。神学校の先生方も「止めておけ」と言いましたが、それは間違いでした。神様はそのような弱い器を通して神様の栄光を現してくださいました。主の御名は褒むべきかな。ハレルヤ!
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by carbondalle1996 | 2014-02-24 06:41 | 日記 | Comments(0)
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