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5つのパンと2匹の魚

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ナザレを去り

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そしてナザレを去り、ゼブルンとナフタリとの地方にある海べの町カペナウムに行って住まわれた。(マタイ4章13)

 イエス様は最初ナザレに帰りました。そこでしばらく活動された後にナザレを去りました。マタイだけを読むと、ナザレでは何事もなかったように見えますが、ルカ福音書にイエス様が故郷ナザレで活動された様子が詳しく記されています。イエス様が安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしたところイザヤ書が手渡され、その書を開いて朗読しました。それはイザヤ書61章1節2節のにみことばでした。

 「主の御霊がわたしに宿っている。貧しい人々に福音を宣べ伝えさせるために、わたしを聖別してくださったからである。主はわたしをつかわして、囚人が解放され、盲人の目が開かれることを告げ知らせ、打ちひしがれている者に自由を得させ、主のめぐみの年を告げ知らせるのである」。

 イエス様はこのイザヤ書を読み終えると、「今日、聖書のみことばがあなたがたが聞いたとおりに実現しました」と宣言されました。ところがイエス様のメッセージを聞いてナザレの人々は、イエス様を理解できずに腹を立て、イエス様を町から追放してしまいました。これがここに記されているナザレを去りという出来事です。イエス様はここで預言者は自分の郷里では歓迎されないとおっしゃっています。

 ここでイエス様が二人の預言者のことを取り上げて語られたことにあります。最初の預言者のひとりであるエリヤの時には、大飢饉が起こったときにイスラエルには多くのやもめがいたにもかかわらず、彼は異邦人(シドンのサレプタ)のやもめのところに遣われてそこで養われたこと。次の預言者エリシャの時には、イスラエルにも多くのツアラートがいたにもかかわらず、シリヤのナアマンだけがきよめられこと。それを聞いたときナザレの人々は「ひどく怒った」のです。

 これは、当時のユダヤ人たちが異邦人に対してどのように思っていたかを知ることなくしては、異邦人である私たちには理解しにくいことです。過去400年間にわたってユダヤ人は異邦の国(バビロン、ペルシャ、ギリシャ、ローマ)によって支配され、搾取されてきました。それゆえ異邦の国の支配から解放としてくれるメシヤをずっと待望として来たのです。ですから、イエスが突、イスラエルの偉大な二人の預言者が異邦人の女によって守られたことや、異邦人にいやしを与えた話を聞かされ、いたたまれなくなったということです。むしろ、イエス様に対して町から追い出すだけでなく、がけから投げ落とそうとして敵意をむき出しにしたのです。

 ナザレを追われたイエス様はガリラヤ湖畔の町カペナウムへ行き、そこを宣教の基点とされました。この出来事もまた聖書の預言が成就するためでした。ゼブルンとナフタリの地、異邦人のガリラヤ、暗黒の地ガリラヤ、そこに神の栄光の光が上ることは神様のご計画でした。あなたの人生に神様の光は上っていますか?神様はあなたを愛しておられます。
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by carbondalle1996 | 2014-03-04 06:38 | 日記 | Comments(0)
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