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5つのパンと2匹の魚

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天国はあなたの中にある

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 イスラエル最初の王サウルはベニヤミン族から出ました。サウル王は祭司しか許されない祭壇にいけにえを捧げるその職を自分がしてしまいました。それをサムエルに指摘されても悔い改めることをしませんでした。その結果、王職はユダ族のダビデに渡りました。ダビデもバテ・シェバとの姦淫という大きな罪を犯しましたが、悔い改めました。そしてその子ソロモンが王となりました。ソロモン王時代がイスラエルは領土としては最も広く栄えた時代です。しかし、そのように神様から用いられたソロモン王でしたが、ソロモン王は女性で失敗しました。700人の妻と300人のそばめを持ったために、彼女たちが偶像の神々を持ち込んだ結果、ソロモンの晩年は神の御心から反してしまいました。これはダビデとバテ・シェバの姦淫という罪のDNAがソロモンに引き継がれた表れです。

 そしてソロモンの子レハベアムが王位に就くと王国は分裂しました。北王国イスラエルの王となったのはヤラベアムでした。彼はエフライム族出身でした。エフライム族はかつてヨシュアを輩出してカナンの地攻略のリーダーとなった部族。ヤコブから長子の権を与えられた名門の部族です。そのような高慢な思いがこの民族にはありました。それがエフライム族のDNAとして引き継がれた結果、北の10部族を連れて独立しました。そのように謀反を起こした北王国はまるで日本の戦国時代のように下克上となり、部下が王様を殺して自分が王となり、またその部下が王様を殺して王位に就くという歴史を繰り返し、その結果紀元前8世紀にアッシリア帝国に滅ぼされてしまいました。

 南王国ユダも紀元前6世紀にバビロニア帝国に滅ぼされましたが、ペルシア帝国の時代に捕囚となったユダヤ人はエルサレムへの帰還が許され、イエス様の時代を迎えました。このように聖書からイスラエルの歴史を学ぶときに、その人一人の人生はそれで終わらないことを学びます。その人の生き様がそのままその子孫に受け継がれるということです。ユダ族がどうして最後まで守られたのか。それはユダが12人の兄弟の中で唯一悔い改め、神様に立ち返ったからです。

 同じように私たちの一人一人の人生はそれで終わりません。私たちが悔い改めて神に立ち返るならば、それは遺産として私たちの子孫に引き継がれます。もし、私たちがエフライム族のように高慢になるならば、それも子孫に引き継がれ、やがて神様の裁きが下ります。ユダはタマルの事件を通して自分が間違っていたと認めました。同じように私たちが神様の御前で自分が間違っていましたと悔い改めるときに、神様は天の祝福を私たちに注いでくださるのです。

この時からイエスは教を宣べはじめて言われた、「悔い改めよ、天国は近づいた」。(マタイ4章17節)

 イエス様は暗黒の地と呼ばれ、異邦人のガリラヤと呼ばれたその地で宣教をスタートされました。それは「悔い改めよ、天国は近づいた」というバプテスマのヨハネが語った言葉と同じ言葉をもって語りました。「近づく」というギリシア語には、時間的にも物理的にも未だ到着してないという意味を含みます。しかし、ヘブル語の「近づく」という言葉には、もうすでにそこに到着したという意味が含まれます。ですからイエス様は、神の国はもうすでにここに現れた。だから悔い改めて神の国を受け取りなさいとメッセージされました。
 神の国とは神の支配です。それはイエス・キリストを信じる人々の間に起こされる世界です。私たちが悔い改めてイエス・キリストを心に迎え入れるならば、私たちの内は聖霊の宮となり、神の国が作られるのです。イエス様はルカ福音書でこう言っています。

「神の国は、見られるかたちで来るものではない。また『見よ、ここにある』『あそこにある』などとも言えない。神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ」。(ルカ17:21)

 日々悔い改める人生こそ祝福の人生であると言えます。
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by carbondalle1996 | 2014-03-08 06:49 | 日記 | Comments(0)
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