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5つのパンと2匹の魚

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絶望の中に光

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 イエス様はバプテスマのヨハネが捕らえられたというニュースを聞いて、いよいよ御自身の宣教を開始されました。バプテスマのヨハネはヨルダン川で宣教をスタートしましたが、イエス様はガリラヤ地方でスタートしました。イエス様はガリラヤ地方を巡り歩き、会堂で教え、あらゆる病気、あらゆるわずらいをおいやしになったとあります。その評判を聞いた多くの人々が、こんどは中風の人、てんかん、悪霊につかれた人々などもうその時代から捨てられたようになった人々を連れて来て、イエス様はそのような苦しい人々、悲しんでいる人々を全ておいやしになったとあります。こうして評判が評判を呼び、イエス様のもとにおびただしい群集が集まってきました。

イエスはこの群衆を見て、山に登り、座につかれると、弟子たちがみもとに近寄ってきた。(マタイ5章1節)

 私もイスラエルに行ったことがあります。ガリラヤ湖を囲むように小高い丘がありました。きっとイエス様はその小高い丘に登って、群集に向かってこのメッセージをしたのだと思います。いったいここに集まった群衆とはどんな人々だったでしょうか。私たちは今、日本という世界で最も民主的であり、道徳という面でも進んだ国に住んでいます。するとなかなかこの群集がどういう人々で、どんな境遇であったかと想像するのが難しい時代です。きっと仕事もなく、医者に行きたくてもお金もなく、住む家もない、学校も行ったことがなく、その日その日を生きるのが精一杯な人々。社会から捨てられたようになった人々。希望など考えたこともない。もしかしたら罪を犯さなければ、他人の物を盗まなければ、自分の体を売らなければ生きてゆけないような人々。そういった人々が群集となってイエス様のもとに集まりました。そのような群集に向けてイエス様は、「さいわいなるかな」と語られたのです。
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by carbondalle1996 | 2014-03-10 06:49 | 日記 | Comments(0)
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