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5つのパンと2匹の魚

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天国を受け継ぐ者

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 三浦綾子さんが和歌山の升崎外彦先生を訪問されました。その升崎先生は、小さな博物館を持っておられたそうです。升崎先生は、その博物館でいちばん素晴らしいものを見せてあげましょうと言って、見せてくれたのが、アメリカ人の宣教師「ミス・デントン」の靴下でした。その靴下は継いではいで、厚くなって、生地が見えないぐらいに糸で刺してありました。

 これを、なぜ升崎先生の博物館に飾ってあるかと申しますと、ミス・デントンが亡くなったという電話がきたときに、いちばん先に先生が駆けつけた訳です。そしたら、そこにいた人が、「先生、どうかお好きなものを形見に持っていらしてください」と、言いました。いちばん先にいらしたんですから、いちばんお気に召したものを持っていってくださいとおっしゃった訳です。先生はすかさず、ミス・デントンの靴下をくださいとおっしゃった。先生は、ミス・デントンのいつも継いではいでいた靴下を知っていたからです。                                                                         
 ちらっと穴があいたら、その靴下は、大抵の人はもう履きません。伝線がスッと入ったら、もうそれは恥ずかしくて履いていけないというのが、私たちの情けない気持ちです。ですから、ミス・デントンのような靴下を履いて一町歩いておいでと言われたら、「死んでもそんな真似はできない」と言うだろうと思います。

 しかし、ミス・デントンは、これを苦痛としてではなく喜んで履いていました。これは、靴下に代表される彼女の姿であって、ミス・デントンは、着ていらっしやるものも継いでいたそうです。お家の中も粗末であったでしょう。ご自分のためには、おそらく、食べるものもそのような状態だったと思います。切り詰めるだけ切り詰めて、日本の女子学生のために学資を出していた。

”柔和な人たちは、さいわいである、彼らは地を受けつぐであろう。”(マタイ5章5節)

 ミス・デントンはまさしく柔和な人でした。彼女の柔和さとは、穏やかさや人間関係における柔らかさではなく、どこまでも神様だけに寄り頼み、神様を信頼し、イエス・キリストを待ち望むという土台に立った「柔和」さです。聖書は御霊の実は、「愛、喜び、平和、寛容、慈愛、善意、忠実、柔和、自制」とあります。キリストを土台とする人生によって私たちは聖霊の実を結ぶものとなります。結ばせてくださるのは神様です。あなたもキリストに留まり、柔和という実を結ぶ人生を送りませんか。そして天国を受け継ぐ者となりましょう。
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by carbondalle1996 | 2014-03-22 06:33 | 日記 | Comments(0)
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