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敵を愛すアガペーの愛

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『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。(マタイ5章43~44節)


 「隣り人を自分自身のように愛しなさい」という戒めはレビ記にあります。しかし、旧約聖書の何処を探しても「敵を憎め」という戒めはありません。これも恐らく口伝律法に書かれていた戒めだと思います。ですから当時、「隣り人を愛し、敵を憎め」という教えが律法学者やパリサイ人を通して広まっていたのでしょう。

 この43節と44節は38節と39節の言い方と同じです。38節でイエス様は「目には目を、歯には歯をと言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたしはあなたがたに言う。悪人に手向かうな。」と言いました。ここでのポイントは「悪人に手向かうな」です。私たちは悪人に対して手向かいたくなるのです。そこでイエス様は具体的に、4つの例を挙げて説明しました。①右の頬を打つ悪人には左の頬を向けなさい。②下着を取る悪人には上着をも与えなさい。③1マイル強いる者には2マイル行きなさい。④求める者に与え、借りようとする者を断るな。

 そしてイエス様はこの教えをもう一度繰り返しました。それが43節と44節です。『隣り人を愛し、敵を憎め』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。しかし、わたしはあなたがたに言う。敵を愛し、迫害する者のために祈れ。

 先ほどのイエス様の教えのポイントは、悪人に手向かうなでした。そして同じようにここでのポイントは、「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」です。これは別のことを語っているようですが、同じことです。つまり神様の完全な愛を全うすることにおいて同じことです。

 悪人を敵という言葉に置き換えるならば、敵に左の頬を差し出すことも、敵に下着を差し出すことも、敵と共に2マイル進むことも、そして敵に与えることもすべて敵を愛するというこの戒めに通じます。ですから今日の箇所でイエス様が私たちに伝えたいメッセージは、「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」という戒めです。モンテフィオールというユダヤ人学者は、この箇所を山上の垂訓の中心であり、最も有名な箇所だと言っています。

 ここで使われている愛というギリシア語はアガペーです。以前、ギリシア語には愛を表す4つの言葉があるとお話ししました。1つ目はストルゲーという愛。これは親子や師弟関係における愛です。2つ目はフィレオーの愛。これは友情という愛であり兄弟愛とも訳されます。そして3つ目がエロースの愛。これは恋人同士の愛。夫婦の愛です。そして4つ目がアガペーの愛。これは無償の愛とか至高の愛とも訳される愛です。

 イエス様は敵を親子の愛であるストルゲーの愛や、兄弟愛というフィレオーでも、また恋人や友人を愛するようなエロースの愛で愛しなさいと言ったのではありません。そのような愛では敵を愛せないことはわかっていたからです。イエス様は敵を愛するその愛は、神様の無償の愛であるアガペーの愛によって愛しなさいと命じました。アガペーの愛とは、愛せない者を愛する神様の愛です。それは決して自分の内から出てくる愛ではありません。無条件の愛です。

 親子の愛も、兄弟愛も、夫婦の愛もみんな条件付の愛です。親子だから愛する。兄弟や親友だから愛する。恋人だから夫婦だから愛する。しかし、敵だから愛するとは言いません。敵ならば憎むです。しかし、イエス様はその敵を憎むのではなく、神の愛をもって愛しなさいとおっしゃったのです。
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by carbondalle1996 | 2014-04-17 08:09 | 日記 | Comments(0)
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