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5つのパンと2匹の魚

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神様の大いなる愛

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 私たちが、桜の花びら一枚散るのを見て、「ああ、命ははかない」と思ったとしたら、それは何も見えてないということです。よく考えてみてください。「花びら一枚が散っていく」って言うけど、花びら一枚散ったって、まだそこに桜の木は生きています。私たちは自分が一枚の桜の花びらだなんて思ってるから、はかなく感じるのです。しかし、花びらが突然、無から生まれてくるわけではありません。桜の木という大いなるいのちの中に一枚の花びらが生かされているのであって、その花びらが、「ああ、私はこの大いなるいのちの一部なんだ」と気づいたとき、そこにまことの愛と安らぎが生まれるんです。

 大切なことは、大いなるいのちが小さな花びらになって、自らを現しているのです。小さな花びらは、自分は大いなるいのちそのものだと気づくために存在する。同じように「私」という存在は、神様という「大いなるいのち」の現れなのです。ですから私という存在は、神様という「大いなる命」の現れとして、今、この時を生かされているのです。この真理に気づいたとき、私たちの心に平安が与えられます。

 神様は大いなる愛をもってあなたを愛し、大いなる命をもってあなたを生かしておられます。あなたの存在は神様という大いなる命の現われなのです。そのことにどうぞ、今日気づいてください。神様はあなたを愛しています。

 
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by carbondalle1996 | 2014-04-26 08:02 | 日記 | Comments(0)
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