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5つのパンと2匹の魚

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すべてに意味がある

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星野さんは病院で絶望の日々の中で聖書を読み、「すべて重荷を負う苦労している者はわたしのもとに来なさい。あなた方を休ませてあげよう」(マタイ11:28)という御言葉に接し、高校時代にこの御言葉を見たことを思い出します。農作業の手伝いで堆肥を背負って裏山の道を登って行くと、小さな墓地があり、真っ白な十字架が建てられ、「労する者、重荷を負う者、我に来たれ」と記されていました。それを思い出し、自分が健康で何も知らないでいた頃から、キリストは教会のない山の中に、既に十字架の恵みを備えていたのだということを知ります。

 この墓標は神部亮(まこと)さん・あいさん夫妻が立てたものです。次男の聖(さとし)ちゃんがダウン症で、しかも心臓に穴が開いて生まれました。直らないと宣告されたが、母親のあいさんは「神様、どうしてですか、なんとかならないのですか」と子どもの枕元で毎晩祈りました。1962年4月3日、聖ちゃんは8か月の短い生涯を終えて、天に召されます。あいさんは「納棺の時に一緒に入りたいと思った」そうです。4か月後、墓に白い十字架を立て、息子は一番よい所に行ったのだという思いから「労する者、重荷を負う者、我に来たれ」というイエス様の御言葉を十字架に記しました。

 その8年後に星野さんは事故に遭い、聖書を読み、高校生の時に見た白い十字架を思い起しました。そして聖ちゃんが召されて12年後に洗礼を受け、筆を口にくわえて絵を描くようになりました。「愛、深き淵より」という自伝を出版しますが、その本を神部さん夫妻が読んで、次男の墓に立てた白い十字架が、星野さんの救いの切っ掛けになった事を知り、星野さんと会います。息子が天に召されて20年後に「自分達が息子の病気で悩み、苦しんだ事が無意味ではなく、息子の短い生涯にも大切な意味があった」ことを知り、神様に感謝したそうです。

 キリストの十字架に救いがあり、人生を新しくする力があります。十字架の救主イエス・キリストに感謝しましょう。主の救いを讃えましょう。十字架に縋って、信仰の道を歩んで行きましょう。
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by carbondalle1996 | 2014-05-17 20:38 | 日記 | Comments(0)
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