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5つのパンと2匹の魚

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ハンデを持つ子がクラスの宝

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 水口洋先生(玉川聖学院中高等部長)の著書『風と出会う』に「ハンデをもつ子がクラスの宝」という章があり、とても感動したのでご紹介します。

 同じ感覚であることが当たり前、違っていることが許せない、受け入れられないという子どもたちが、増えてきているようにも思えます。「いじめ」の背景に、こういうこともあるのではないかと思います。しかし、ハンデをもった子がクラスの中にいることによって、このような問題を解消させる力をもつことになることを発見しました。目や耳、内臓や手足にハンデをもつ子たちが、中等部に入学してきます。実際にクラスで起こっていることを見て、本当にこの子たちがクラスの宝だなあと思っています。

 クラスメイトとしてハンデをもった生徒と接することで、生徒たちは不思議に優しい気持ちをもち、心の響き合いを体験するのです。日常生活の中で、車椅子を押し、手を引き、一緒にゆっくりと歩くことで、それまで自分で見えなかったものが見えてきます。弟子たちが生まれつき目の見えない人を見て、「彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか」と質問したとき、イエス様が「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現われるためです」と答えられたのは、ただその後に奇蹟を行うためだけではなかったと思います。まさに、ハンデをもつその人が、神の栄光を現している、その人の存在自体が大きな恵みとなっているという事実が語られているのではないかと思います。

 彼らの存在が、大きな影響力をもつのは、生活の場である学校において、彼らのもつ品性に出会うからではないかと思うのです。総じて体のハンデをもった子の中に、心の健全な子たちが多いことに気づくのです。例外もありますが、多くの場合、小さいころから人との関わりの中で育てられ、他人の好意を受けることに慣れている、他人に対して心を開いている生徒が多いように思います。私たちはだれ一人として、自分だけで生きることはできません。多くの人に支えられています。けれども、自分で何かができると、自分だけで生きてきたという錯覚に陥り、周囲を自分の尺度で評価したりしてしまいます。そして、素直に他人の善意や行為を受けとることができなくなってしまうことがあるのです。ところがいつもニコニコして、「ありがとう」と言って周りの友達の世話になることができる子は、心が純粋で素直に感謝できる、柔らかい心の持ち主であることがすぐにわかります。そして、その純粋さが、周囲の心の傷を癒していく力を発揮するのではないかと思うのです。
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by carbondalle1996 | 2014-06-01 17:02 | 日記 | Comments(0)
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