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5つのパンと2匹の魚

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祈るということ

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 ある日、問題を抱えて悩んでいた信徒さんが教会に来て牧師に告白しました。「牧師先生、すみません。教会に来て祈っても神様に祈りが届いていないような気がして、あまりに不安になって、駅前の占い師に4千円払って相談してしまいました。しかも、その占いの答えがとても辛い内容だったので、余計に不安になってしまいました。自業自得ですけど、私は今とても苦しいんです。どうしたら良いでしょうか。」 

 私の祈りは神様に届いているのか?祈った経験がある人は誰もが持つ悩みです。「祈り」を辞書で調べると「自分の力ではどうにもできないような困難なことについて、神仏にお願いすること」とありました。日本人の「祈り」とは、神仏にお願いすること。ですから自分のお願いが、神仏に届いているかと心配になるのです。しかし、聖書で「祈る」と訳されている言葉は、本来「聴く」という意味を持っています。ですから「祈る」とは「お願い」ではなく、私たち自身が神様の御声を「聴く」ことなのです。

 ケセン語訳聖書を作った医師の山浦玄嗣さんは、祈りについてこう言っています。「声を聴かせてくださいと願っても、なかなか神様の声は聴こえません。しかし神様はいつも私たちに語っています。それは私たちの周りに起こる出来事を通してです。私たちのまわりの出来事に目を留める時に、必ずそこに神様のメッセージがあります。ですから私達はこの状況の中でどうやって神様に仕えて行けば良いですかと聴くのです。辛い状況の中で目を開くと、私がするべき事が見えてきます。」

 東日本大震災の津波によって大船渡市は壊滅。死者・行方不明者は400人を超え、8千人が避難生活となりました。病院も床上まで浸水し、山浦さんは絶望の中で神様に祈りました。神様のメッセージは、「医師としての本分を尽くす」こと。山浦さんはその翌日、病院内を覆っていたドロ、重油、下水の汚物をかき出して、病院を再開し、寒さの中で処方箋を書き、大勢の患者さんの診察を始めました。

 神様は私たちが祈るより先に、私たちの苦しみや悩みを全てご存知です。ですから神様は私たちに、御声に聴くことを求めています。なぜなら、そこに問題の解決があるからです。神様は私たちの問題を解決したいと考えておられます。ですから祈りましょう。祈りを通して私たちは神様のメッセージを受け取るのです。

“しかし主よ、わたしはあなたに祈ります。神よ、恵みの時に、あなたのいつくしみの豊かなるにより、わたしにお答えください。”(詩篇69:13)

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by carbondalle1996 | 2014-06-22 19:06 | 日記 | Comments(0)
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