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5つのパンと2匹の魚

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わたしは豚ではない

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そこで、その地方のある住民のところに行って身を寄せたところが、その人は彼を畑にやって豚を飼わせた。彼は、豚の食べるいなご豆で腹を満たしたいと思うほどであったが、何もくれる人はなかった。そこで彼は本心に立ちかえって言った、『父のところには食物のあり余っている雇人が大ぜいいるのに、わたしはここで飢えて死のうとしている。立って、父のところへ帰って、こう言おう、父よ、わたしは天に対しても、あなたにむかっても、罪を犯しました。もう、あなたのむすこと呼ばれる資格はありません。どうぞ、雇人のひとり同様にしてください』。(マタイ15:16~19)

 この箇所は聖書の中で最も有名なお話の一つで「放蕩息子」のお話です。短編小説の天才と呼ばれた芥川龍之介はこの箇所を読んで最高の短編物語だと評しています。この息子は父親に遺産を願いました。普通、遺産というものは親が亡くなってから相続するものです。しかしこの息子は父親が亡くなるのを待ち切れずにそれを私にくださいと言いました。そして自分の分をもらい、遠い町に行きそこで遺産を使い果たしました。

 そしてその地方を飢饉が襲いました。息子は身を持ち崩し、とうとう豚の世話の職を得て、豚の餌でお腹を満たすほどになりました。そのときこの息子は我に帰りました。父のもとへ帰ろう。父の家には食物が有り余っている。このとき息子は悟ったのです。「自分は豚ではない」と。自分は豚ではない、自分は人間なのだと。

 私たちもこの放蕩息子のように我に帰るという経験が必要です。今あなたは自分が何であると考えていますか。私は猿ではない。私はアメーバから進化したものではない。私は生まれたときから人間だ。私を造られた方は神様だ。神様によって私は造られた人間だ。そのように我に帰るということが大切です。

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 降旗康男監督の「あなたへ」という映画を観ました。この映画の中で主人公の高倉健は、亡くなった妻の遺言により、妻の骨を妻の生まれ故郷の長崎県平戸で散骨するために富山から旅に出ます。途中、北野武扮する詐欺師と出会います。そのとき詐欺師である北野さんは高倉健にこう尋ねました。「旅と放浪の違いを知ってますか」。答えに窮する主人公に北野さんは、「帰る家があるのが旅で、帰る家が無いのが放浪です」と優しく語ります。

 放蕩息子は我に立ち返り、自分には帰るべき家があることを思い出しました。父の待つ我が家があるのです。HouseとHomeの違いを知っていますか。Houseは家という建物。Homeはそこに住む家族です。放蕩息子には帰るべきHomeがありました。

 あなたの人生は旅です。決して帰る家の無い放浪ではありません。あなたには帰るべき家があります。それは天国という家です。そこで父なる神様があなたの帰りを手を広げて待っておられます。あなたの人生は天国という家に帰る旅なのです。

                         【柴田先生のメッセージより】
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by carbondalle1996 | 2014-07-02 05:00 | 日記 | Comments(0)
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