ブログトップ

5つのパンと2匹の魚

fivebread.exblog.jp

神の一方的憐れみ

f0229700_18454742.jpg


イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われた。すると、重い皮膚病は直ちにきよめられた。(マタイ8章3節)


 イエス様はらい病人の願いを受け止めました。イエス様はここで彼にさわりとあります。らい病と診断されてから誰からも触れられたことがなかったこの人にイエス様が手を伸ばして触れました。イエス様は手で触れなくても相手の病気を癒すことができるお方です。しかしあえて手で触れたところに神様の愛を私たちは学びます。

 先週、天皇陛下ご夫妻が宮城県の元ハンセン病患者の療養所を訪問したというニュースを見ました。天皇陛下ご夫妻はそうした療養所を皇太子時代の昭和43年からずっと訪問し続けていると聞いて私は感動しました。天皇陛下ご夫妻が元ハンセン病患者の一人一人の手に触れて声をかけておられました。そうした行為は患者のみなさんの大きな励ましとなり心の癒しに繋がったと思います。

 イエス様がらい病人の手に触れて「そうしてあげよう、きよくなれ」と言われると、らい病は直ちにきよめられました。

イエスは彼に言われた、「だれにも話さないように、注意しなさい。ただ行って、自分のからだを祭司に見せ、それから、モーセが命じた供え物をささげて、人々に証明しなさい」。(マタイ8章4節)

 らい病はきよめられたから終わりではありません。これは神様から汚れているとされ、神殿に上ることが禁じられ、ユダヤ社会から追放された状態です。ですから神殿に上ることが許され、ユダヤ社会に復帰することが許されなければなりません。出エジプト記13章と14章にはらい病人がきよめられたと認められるための規定が細かく書かれています。この規定に従って祭司からきよめられたと宣言を受けて、初めてらい病人は神殿に上り神様を礼拝することが許されたのです。

 このらい病人は神様から汚れた者とされていました。自分から願っても神様に近づくことが許されない存在。それが汚れです。同じように私たち人間がどれほど願っても、天国へ入り真の神様の御前に立つことは許されません。なぜならば私たちは罪ある汚れた者だからです。そのような私たちの罪が赦され、汚れがきよめられたのは、イエス様の十字架のゆえであり、神様の一方的な憐れみです。聖書はこれを恵みと言っています。イエス・キリストの十字架によって罪赦され、神の子とされている私たちはなんと幸せな者でしょう。この真理を今日心に留めて頂きたいと願います。
[PR]
by carbondalle1996 | 2014-08-02 18:42 | 日記 | Comments(0)
<< ふうけもん 最初に主を拝した者 >>