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5つのパンと2匹の魚

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僕の妹

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 平成18年度中学生人権作文コンテスト金賞の作文をご紹介します。僕の妹はダウン症という生まれつきの障害を持っています。僕がまだ小さい頃、よく親に障害者の施設へ妹と一緒に連れて行かれました。正直、僕はその施設が大嫌いでした。いきなり全然知らない年上の障害者の人に首を絞められたり、突き飛ばされたり、横で訳のわからない言葉を連発していう人がいたりして、未知の世界にいるようでした。 

しかし、自分の妹にも同じような感情があったかというと、そんなことはなく、普通の兄妹と変わりなく生活していました。ではなぜ、他の障害者の氷魚には変な警戒心があったのでしょうか。それは、その人たちのことをよく知らなかったからだと思います。

 僕は、母に障害者はなぜあんな行動をするのかと聞いたことがあります。母は「きっと何か理由がある」と言いましたが、当時の僕にはよく理解できず、やっぱり障害者には警戒心と不安しか感じていませんでした。何年かたって、僕が小学校6年生になった頃、ある傷害をもった子をばかにしている人たちがいました。確かに、健常者から観ればまったく理解不能な行動で、バカにする気持もわかるのですが、僕は妹が障害者だからなのか、とてもやりきれない気持でいっぱいでした。

 その夜、母にそのことを伝えると、「そういうことが起きるのは、きっと障害者の事が理解されていないためだよ」と言いました。バカにされた子と妹のことを重ね合わせたのでしょう。そんなことがあってから、母は少しでも障害者を理解してもらうことが必要と強く思うようになったそうです。そして今障害をもった子供をもつ母親たちと一緒にキャラバン隊を結成し、この地域を中心に、県外の各地でも「みんなちがってみんないい」をテーマに、障害者のことを知ってもらうための公演活動をしています。少しでも多くの人がこういった活動等を見たり、聞いたりすることで障害者の理解が深まったらすばらしいことだと思います。

 では今、僕達にできることは何でしょう。実を言うと僕も、障害者への偏見が消えているわけではありません。そしてそれは多くの人々に共通する現実だと思います。大切なのは、そうした偏見に疑問を持ち、障害者の言動やその人自身のことを理解しようとすることです。たとえすぐにできなくても、そうした気持を持ち続けることで少しずつでも受け入れることが出来るようになるはずです。僕は妹を見ていて、時々こう思います。「神様が何千、何万に一人の確率で障害を持った子を生ませるのはきっと、僕達に『平和とは何か』『人間とは何か』を考えさせるためではないか。そのために天から届けられた使者ではないだろうか」と。

 僕はいらない人なんていないと思います。いろんな個性のある人がいるからこそ、世界は言葉に溢れ、感情に溢れています。その人その人の個性が、「みんなちがってみんないい」のです。今の僕にできる最善の方法は、まず「相手を理解する」ということから始めるべきではないでしょうか。

                
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by carbondalle1996 | 2014-08-16 09:35 | 日記 | Comments(0)
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