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5つのパンと2匹の魚

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夕暮になると

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夕暮になると、人々は悪霊につかれた者を大ぜい、みもとに連れてきたので、イエスはみ言葉をもって霊どもを追い出し、病人をことごとくおいやしになった。(マタイ8章16節)


 ペテロの姑が癒されたその日の夕暮になると、人々は悪霊につかれた者を大勢イエス様のもとに連れて来たとあります。ルカ福音書には、いろいろな病気に悩む者を抱えている人々が、みなそれをイエスのもとに連れて来たとあります。つまり悪霊につかれた者もいたでしょうし、ペテロの姑のようにマラリヤ熱にかかった者もいたでしょう。百人隊長の僕のように中風の者も、らい病人もいたかもしれません。とにかくもうどんな薬をもってしても、治らずに苦しんでいる人々。そうした患者を抱えた人々がその日の夕暮にイエス様のもとに彼らを連れてきました。

 どうして夕暮に来たのでしょうか。病院へ行くのに夜行く人もないでしょう。ルカ福音書を見ると、イエス様がペテロの姑を癒したのは安息日だったとあります。安息日というのは働いてはいけない日とされていました。歩いて良い距離は家から会堂までの往復距離。また病気を癒すという行為も労働と見なされておりましたから、これらの人々はイエス様の下に病人を連れて来たくても、連れて来られなかったという背景が見えてきます。ですから彼等は安息日が終わる日没を待って、病人をイエス様の下に連れてきたのです。

 安息日は労働してはいけないから病人をお医者さんに見せられないというのはおかしな話です。あるときパリサイ人がイエス様に向かって「どうして安息日にあなたは働くのか」と責めました。そのときイエス様はこう答えました。「安息日は人のためにあるので、人が安息日のためにあるのではない」。安息日は神様が私たち人間のために備えてくださったのです。神様が6日間でこの世界を創造され、7日目に休まれたように、私たちの心も体も7日目には休むことが必要です。

 あなたは日曜日を何処で休みますか。山や川、海でしょうか。遊園地?温泉?しかし神様は、「わたしのもとに来て休みなさい」と言います。教会は神様の霊が満ちている場です。神様のもとに来て、疲れた心と体を休ませ、そして神様の霊によって新しく力を受ける。教会は神様の宮です。

 考えてみると私は洗礼を受けてから18年間、毎週日曜日は教会に来ていることに気付きました。何をやっても三日坊主だった私が、礼拝を守るということを18年間続けていることは奇跡です。私はこれも神様の恵みだと思っています。安息日は神様がわたしたちの霊と魂を守るために備えてくださったのです。安息日ごとに主を礼拝しましょう。
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by carbondalle1996 | 2014-09-01 06:32 | 日記 | Comments(0)
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