ブログトップ

5つのパンと2匹の魚

fivebread.exblog.jp

過ちがあったなら

f0229700_15434281.jpg


 「過ちがあったなら、訂正するのは当然。でも、遅きに失したのではないか。過ちがあれば、率直に認めること。でも、潔くないのではないか。過ちを訂正するなら、謝罪もするべきではないか。」

 これは9月4日付の朝日新聞コラム「池上彰の新聞ななめよみ」冒頭の言葉。池上氏はコラムで朝日新聞の慰安婦報道検証記事を取り上げ、過ちを認めたら、素直に謝罪すべきと書いたところ、同紙より掲載を断られ問題となりました。結果、読者から多くの批判を浴び急遽、4日の朝刊に掲載されました。同紙は6日付の朝刊で掲載を見合わせた判断は誤りであったとお詫びしています。しかし、池上氏が求めた慰安婦報道の過ちについての謝罪はありません。紙上で「謝罪するべき」と掲載しながら「謝罪はしません」という対応に私は矛盾を感じました。

 過ちを犯しても「ごめんなさい」と謝ることができない。これは決して他人事ではなく私たち一人一人にも当てはまる罪だと思います。アダムとエバが食べてはいけないと言われた善悪の実を食べたとき、神様に「ごめんなさい」が言えず、「この女が私に」、「このヘビが私を」と責任を他者に転嫁しました。もしアダムが「ごめんなさい」とあのとき神様に謝ることができたら、人類の歴史はもっと変わっていたでしょう。

 1940年代に英国を代表するタイム誌で「この世界の何が間違っているか」というテーマで長く特集が掲載されました。各方面から多くの識者が意見を述べました。しばらくしてタイム誌編集部へ1通の手紙が届きました。差出人はクリスチャン学者。What is wrong with the world?
「この世界の何が間違っているかという質問ですが」
I am. 「それは、私です。」
このクリスチャン学者の投稿をもって、長く続いた特集は幕を閉じました。

 先日の祈祷会で大川先生は講壇から下りて、土下座をして会衆に謝罪しました。それは信徒を裁いてしまったという理由からです。過ちを認めたら素直に謝罪する。クリスチャンとしてのあるべき姿勢を大川先生は自ら私たちに示してくださいました。私たちも師に習う者となりましょう。

f0229700_1544243.jpg

[PR]
by carbondalle1996 | 2014-09-07 15:43 | 日記 | Comments(0)
<< イエスさまと舟に乗って 素敵な休日の過ごし方を教えてください >>