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5つのパンと2匹の魚

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神の栄光の目撃者

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しかしイエスはこれを聞いて会堂司にむかって言われた、「恐れることはない。ただ信じなさい。娘は助かるのだ」。(ルカ8章50節)

 会堂司は自分の地位や名誉も全てを失ってもよい覚悟でイエス様のもとへ来て、ひれ伏しまて娘の癒しを求めました。それは娘が死にかかっていたからです。ですから会堂司の願いは、死ぬ前にイエス様に手を置いて娘を癒してほしいというものでした。しかし、家に着くともうすでに泣き女や笛吹きの音が聴こえ、葬儀は始まっていました。今まさに会堂司の一縷の望みも砕かれたのです。それは会堂司の心を絶望に落とすものでした。

 葬儀に集まった人々は会堂司に言いました。「もう少女は亡くなったのです。もうこれ以上イエス様の手をわずらわせてはいけません。」 会堂司はこの言葉を聞いてもう立ってられなかったと思います。愛する一人娘が死んでしまった。もう手遅れだ。あきらめなさい。もう無駄なことはやめなさい。この世はどこまでも私たちに向かって、神を信じることの愚かさを説きます。そして無駄だ。あきらめろと責めたてます。しかし、イエス様はこのとき会堂司にこう宣言しました。「恐れることはない。ただ信じなさい。娘は助かるのだ」

 この「信じなさい」というギリシア語は、原典では「信じ続けなさい」という意味です。ここにイエス様のメッセージがあります。私たちの目に見える状況は絶望かもしれません。そして失敗に対する恐れが生じ、もう立ちあがれないかもしれません。しかしイエス様はあなたに向かって「あきらめなさい」とは言いません。イエス様はあなたに向かって「大丈夫。恐れることはない。ただ信じ続けなさい」と言われます。

 信じ続けるならばどうなるのでしょうか?イエス様がラザロの墓石を取り除くように言ったとき、姉のマルタは「おやめください、もう4日も経って臭くなっています」と言いました。そのときイエス様は、「もし、信じ続けるならば神の栄光を見るとあなたに言ったではありませんか。信じ続けなさい。」と言いました。そしてラザロに向かって「ラザロよ、出て来なさい」と命じると死んで4日も経ったラザロが生き返って墓から出てきました。

 あなたの問題は何ですか。それはあなたを絶望の底に落とすほど解決不可能な問題でしょうか。イエス様は言います。「信じ続けるならば、あなたは神の栄光を見る」と。あきらめてはいけません。イエス様はあなたを救い、あなたを守り、あなたに幸せな人生を歩んでほしいのです。どうぞイエス・キリストを信じてください。信じ続けてください。そのときあなたは神様の栄光の目撃者となります。
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by carbondalle1996 | 2014-11-19 05:58 | 日記 | Comments(0)
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