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5つのパンと2匹の魚

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わたしにそれができると信じるか

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そこから進んで行かれると、ふたりの盲人が、「ダビデの子よ、わたしたちをあわれんで下さい」と叫びながら、イエスについてきた。そしてイエスが家にはいられると、盲人たちがみもとにきたので、彼らに「わたしにそれができると信じるか」と言われた。彼らは言った、「主よ、信じます」。(マタイ9章27~28節)

 聖書を見ますと「盲人」がじつによく出てきます。イスラエル地方の乾燥した空気、凍てつくような暑さ、砂丘から舞い上がる砂埃、羊飼いなどがよくする野宿など、そうした環境事情が重なってこの地方には多くの盲人がいたそうです。

 ここで登場する二人の盲人はイエス様を「ダビデの子よ、わたしたちをあわれんで下さい」と叫びました。ダビデの子とは来るべきメシヤの称号です。サムエル記下7章を読みますと、神様はダビデの子から神の子が生まれ、その王座はとこしえに続くと約束しました。ですからこの二人の盲人は、イエス様を来るべきメシヤと信じて叫び続けたのだとわかります。

 イエス様は二人の盲人をその場で癒すことをしませんでした。「イエス様が家に入られると」とありますから、イエス様はカペナウムではペテロの家を宿としておりましたので、このときペテロの家に入ったのだと思います。そして着いて来た二人の盲人に向かって「わたしにそれができると信じるか」と尋ねました。イエス様はいつもこのように求めて近づく者に尋ねられます。「あなたは何をしてほしいのか。あなたはそのことができると信じるのか。」

 私たちは問題を抱えていたり、病を患っていたり、経済的な困難をおぼえたりします。そうした何処へ持っていっても解決できない問題を、私たちはイエス様のもとへ持って行くことを学びました。しかし今日、イエス様は私たちに新しい世界を開いてくださいました。それは、「わたしにそれができると信じるか」という世界です。私たちは、「癒してください、解決してください、祝福してください」とイエス様に祈り、願います。しかし、私たちの信仰は本当にその問題がイエス様によって解決されると信じているでしょうか。

 癒されるかもしれないし、癒されないかもしれない。解決するかもしれないし、解決しないかもしれない。私たちはどこかで祈りが聞かれなかったときの保険をかけていないでしょうか。主はそのような私たちにこう尋ねます。「あなたはわたしにそれができると本当に信じるか」。あなたはこのイエス様の言葉に何と応えますか。「主よ、信じます」。それがあなたの応答です。
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by carbondalle1996 | 2014-11-25 06:12 | 日記 | Comments(0)
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