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5つのパンと2匹の魚

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平安という絵画

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どの町、どの村にはいっても、その中でだれがふさわしい人か、たずね出して、立ち去るまではその人のところにとどまっておれ。その家にはいったなら、平安を祈ってあげなさい。(マタイ10章11~12節)

 イエス様は弟子たちを遣わすに当たり、「その家にはいったなら、平安を祈ってあげなさい」と命じました。平安とは何でしょうか。平和を祈りなさいだったら解りやすいと思う人も多いと思います。ここでイエス様が言われた平安とは、ヘブル語でシャロームという言葉です。このシャロームには本来どのような意味があるでしょうか。それを説明するのに良い例話があります。

 ある時『平安』というテーマの絵画展が開かれました。多くの作品が並べられていましたが、その中に特に人目を引く作品が一つありました。その作品には画面一杯に、荒れ狂う嵐の状況が描かれていました。これを見た人たちは、「どうしてこれが平安なのか」と不思議に思いました。ところがよく見ていた人が、「これだ」と言って絵の一箇所を指差しました。嵐の中で一本の木が激しく雨に打たれているのですが、その木の巣の中で一羽の親鳥がしっかりと雛鳥を抱えているのです。そして雛鳥は外の激しい嵐にもかかわらず、暖かいお母さんの懐に抱かれて安心して眠っているのです。

 つまりシャロームというヘブル語の平安とは、決して穏やかで波一つない静寂な環境の中で得る平安ではありません。荒れ狂う嵐の中で、今にも倒れてしまいそうな絶望と不安に押しつぶされてしまいそうな状況においても、少しの憂いもない圧倒的な心の平安です。これがシャロームというヘブル語が持つ平安です。イエス様はこの平安を祈って与えなさいと弟子たちに命じたのです。

 あなたの心に平安はありますか。目に見える状況がいかに困難で険しくとも、私たちが目を主に向けるならば、主が必ずあなたを守り助けてくださいます。あなたの信頼を主に置きましょう。主は必ずあなたを守り、助けてくださいます。主にある平安をあなたも頂いてください。
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by carbondalle1996 | 2015-01-20 06:08 | 日記 | Comments(0)
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