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5つのパンと2匹の魚

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マッサンとリタ

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 NHKドラマでお馴染みのマッサンこと竹鶴政孝氏。大正時代に竹鶴さんは単身スコットランドへ渡り、本格ウイスキーの製造方法を持ち帰りました。後にイギリス首相となったヒューム氏は、「万年筆一本で我が国のウイスキーの秘密を盗んで行った青年がいた」とユーモアたっぷりに語ったそうです。日本ウイスキーの父とも呼ばれる人が竹鶴政孝さんです。その奥さんが竹鶴リタさん。

 プロポーズの時「スコットランドに残っても構わない」と言う竹鶴政孝さんに、「私はあなたの夢を共に生き、お手伝いしたいのです」と答えたリタさん。遠いスコットランドから日本に嫁入りし、日本の生活に溶け込もうと努力を重ね、漬け物や塩辛まで手作りした彼女を、人々は「日本人以上に日本人らしい」と評したほどでした。日本語の勉強にも励み、流暢な関西弁を操るまでになったが「マサタカサン」という発音が難しかったためか、竹鶴のことを「マッサン」と呼んだそうです。

 遠い異国の地日本で想像をはるかに超えた苦労がありました。特に第二次大戦中は親からスコットランドに帰ってきなさいと何度も言われたそうです。戦時中はスパイの疑いをかけられ、秘密警察に何度も跡をつけられたそうです。しかし、リタさんは竹鶴政孝さんの妻として日本に残り、日本人になる努力をしました。どうしてそこまでリタさんは強かったのでしょう。

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 北海道のニッカウイスキー余市蒸溜所にリタさんが使っていた聖書と十字架が飾られているそうです。リタさんの両親は熱心なクリスチャンだったそうです。リタさんは、辛い時、苦しい時にはいつも、十字架を握りしめて神様にお祈りしました。リタさんは決して強くはありませんでしたが、十字架を握りしめて祈る中で、イエス・キリストによって、日々主の平安を頂いたのだと思います。聖書にこのような御言葉があります。

“私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。”(ピリピ4章13節)

 1961年1月17日にリタさんは天国へ帰りました。そして夫である竹鶴政孝さんも、「妻がいる所に私も行きたい」と言ってその後、洗礼を受けたそうです。ハレルヤ!
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by carbondalle1996 | 2015-01-24 08:34 | 日記 | Comments(0)
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