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5つのパンと2匹の魚

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いのちよりも大切なもの

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 星野富弘さんという人が書いた詩に次のような一節があります。 彼は群馬県の中学校の体育教師となって間もないころ、実技指導の最中の事故で頚椎を損傷し、首から下の自由を失いました。星野さんはその失意の中で聖書を読み、そこでイエス・キリストに出会い、この方こそいのちの与え主、罪と死からの救い主であることを知ったのです。 それ以来、彼は自分にも神様から与えられた使命があることに気づいて、口に筆をくわえて描 いた沢山の素晴らしい画と詩によって多くの人を慰め、力づけるようになりました。その彼の詩です。

 『いのちが一番大切だと思ってたころは、生きることが苦しかった。いのちよりも大切なものがあることを知ったときから、生きるのが楽しくなった』

 このことばは次のように受け取ることが出来ます。 「いのちが一番大切だ」と思っていたら、その大切ないのちが脅かされるような事態が起これば、 何が何でもそのいのちを守ろうとする。すると生きることそのものが苦しくなる。いのちが、自分にとって一番大切だと思っていたとき生きるのが苦しかったのは当然のことだったのです。

 「私のために自分のいのちを失った者は、それを自分のものとします。」 イエスのためにいのち失う、捨てることです。そうすればいのちという最も大事にしている物の執着から解放され、自由になるということです。これは死んでよみがえられた十字架のイエス・キリストの真理にほかなりません。この復活のイエス、いのちそのものであるイエスのところに行くとき、私たちもいのちをいただき、永遠に生きる、という真理です。

 いのちよりも大切な方、つまりいのちの与え主であるイエス・キリストを知り、この方に自分のいのちをお任せしてしまうとき、いのちを自分で守らなくてよいから安心です。これこそ、神に造られた 人間の極めて自然な生き方なのです。あなたにいのちを与えてくださる方は主イエスです。イエス様を今日もあなたの心に迎えいれましょう。
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by carbondalle1996 | 2015-02-07 06:22 | 日記 | Comments(0)
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