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キリストの名のゆえに

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預言者の名のゆえに預言者を受けいれる者は、預言者の報いを受け、義人の名のゆえに義人を受けいれる者は、義人の報いを受けるであろう。(マタイ10章41節)

 預言者とは言葉を預かる者と書くように神様の言葉を預かり人々に伝える者です。預言者というとエリヤやイザヤ、エレミヤ、エゼキエルなどが有名ですが、最初に聖書に登場した預言者はアブラハムでした。アブラハムがゲラルの王様アビメレクを恐れて、妻のサラを自分の妹ですと言いました。このとき神様はアビメレクの夢に登場し、「アブラハムにサラを返しなさい。彼は預言者だから、あなたのために祈って、あなたの命を保たせるでしょう」と語りました。アビメレクはサラをアブラハムに返し、アブラハムはアビメレクのために祈りました。すると神様はアビメレクの家を祝福されたと聖書にあります。これは異邦人が預言者を受け入れて祝福されたという例です。

 また一方で預言者を受け入れなかった王様はどうだったでしょうか。出エジプト記で預言者モーセとエジプト王パロの関係を見ることができます。モーセはイスラエルの民をエジプトから去らせるようにパロに願い出ますが拒絶され、その結果10の災いがエジプトを襲いました。最後はエジプト中の初子が撃たれ、パロの後継者となる息子も亡くなってしまいました。その結果、パロはイスラエルを去らせるという決断をしました。

 このように聖書は預言者を受け入れる者には祝福を与え、そうでない者には災いを与えています。アビメレクがアブラハムを預言者として受け入れた行為は、つまりアブラハムを遣わした神様を受け入れたと同じでした。同様にエジプトの王パロがモーセを拒絶したということは、モーセを遣わした神様を拒絶したのです。その結果、前者は祝福され、後者は滅ぼされるという結果に繋がりました。

 義人もこれと同じです。聖書にはたくさんの義人が登場します。そうした義人を歓迎して受け入れた者は、大きな祝福に預かりました。例えば、ヨシュア記でイスラエルの民がカナンの地を探ったとき、遊女ラハブが二人の斥候をかくまって助けました。ラハブにとっては自分の民族を裏切るような行為でありましたが、神様は二人の斥候を義人として迎え入れたラハブを豊かに祝福しました。

 それはどのような祝福だったでしょうか。ラハブの子孫からダビデが生まれ、そしてイエス・キリストの系図に繋がるという祝福です。ラハブが受け入れたのは二人の斥候でしたが、神様の目にはその行為は神様ご自身を迎え入れた行為として神様の目に映りました。

 あなたはイエス・キリストを喜んで心に迎え入れていますか?それはイエス様を遣わした創造主なる神様を迎え入れることです。あなたが神様を歓迎するならば、神様はあなたの人生において、その子孫においても祝福という報いを与えてくださいます。

”主イエスを信じなさい。そうすればあなたも、あなたの家族も救われます。”(使徒16章31節)
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by carbondalle1996 | 2015-02-10 05:59 | 日記 | Comments(0)
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