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バプテスマのヨハネ

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さて、ヨハネは獄中でキリストのみわざについて伝え聞き、自分の弟子たちをつかわして、イエスに言わせた、「『きたるべきかた』はあなたなのですか。それとも、ほかにだれかを待つべきでしょうか」。(マタイ11章2~3節)

 イエス様は宣教を始める前に荒野へ行きバプテスマのヨハネから洗礼を受けました。そのとき天が開かれて聖霊が鳩のようにイエス様の上に止まり天から声がありました。「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である。」その後、イエス様は荒野に出て四十日間の断食を終えてサタンの誘惑に勝利しました。そしてナザレに退いていた時、ヨハネがヘロデに捕えられたというニュースを聞きました。イエス様はこのニュースを聞いて、ガリラヤ地方のカペナウムへ行き「神の国は近づいた、悔い改めて福音を信ぜよ」と語って宣教を始めました。それはまるで「神の国」という劇の序章という幕が下り、本編の幕が上がったようにも思えます。

 ヨハネはガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスに捕えられ、死海の東岸にあるマケラス要塞の牢獄に閉じ込められました。アンティパスは兄弟ピリポの妻ヘロディアをピリポから奪ってこれと結婚しました。後に登場する娘サロメはヘロデ・ピリポとヘロディアとの間に生まれた子供です。バプテスマのヨハネはこのアンティパスの行為は姦淫の罪に当たると公衆の前でアンティパスを非難しました。

 このためアンティパスはヨハネを捕えてマケラス要塞の牢獄へ閉じ込めてしまったのです。ヨハネはこの牢獄から弟子たちをイエス様のもとへ遣わして、「来るべき方はあなたですか」と尋ねました。「来るべき方」という表現は、ユダヤ人がメシヤを指す時に使った表現です。バプテスマのヨハネは、「救い主はあなたですか」とイエス様に尋ねました。

 バプテスマのヨハネは、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」と言って人々にイエス様をメシヤとして紹介した預言者です。バプテスマのヨハネの弟子だったアンデレとヨハネはバプテスマのヨハネの言葉を受けて、イエス様の弟子となりました。旧約時代の預言者は、「メシヤがもうすぐ来られます」と宣言しました。しかしバプテスマのヨハネは、「メシヤはもうすでに来られた」と宣言しました。これがバプテスマのヨハネと他の預言者との大きな違いです。

 ところがイエス様を紹介したヨハネが、イエス様のメシヤ性に対してこのとき疑問を持ちました。マルティン・ルターやカルヴァンは、これはヨハネが疑問を抱いたのではなく、ヨハネの弟子たちが疑問を抱いた為にわざと弟子たちをイエス様の元へ遣わして彼らを納得させるためだったと解釈しています。そのように解釈するのこともできますが、それは何処までもバプテスマのヨハネを完全な人と見るからです。

 バプテスマのヨハネも私達と同じ人間であればこそ、悩んだり、自分の信仰に疑いが起きるというのは当然です。バアルの預言者450人を打ち破った預言者エリヤでさえ、イゼベルに命を狙われていると聞くと恐れて逃げ出したのです。彼は何処へ逃げたかというと北王国イスラエルの手が届かない南王国ユダのベエル・シェバへ行きました。預言者もまた私達と同じ弱さをもった人間なのです。

 聖書に登場する信仰の偉大な先人たちもみな、私達と同じ弱さをもった罪人です。弱さゆえに信仰に迷いが生じたり、疑いが起こりました。しかし、そうした苦難を通して彼らの信仰は強められ、高められていったのです。私達もイエス様を信じて歩む時、このままで良いのだろうかと疑問を抱くことがあります。しかし、どんなに私たちが疑っても、イエス・キリストの真理は変わりません。そして真理を疑った自らの間違えを悟るのです。私たちを真理へと導いてくださるイエス・キリストに今日も従い歩みましょう。
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by carbondalle1996 | 2015-02-17 06:16 | 日記 | Comments(0)
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