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5つのパンと2匹の魚

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ペルー宣教から感じたこと

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 先週の祈祷会は秋田朝祷会と合流し、下田宣教師を迎えてすばらしい宣教報告祈祷会となりました。下田宣教師のお話を聞いて、ペルーという国が抱えている問題の大きさ、そして闇の深さを改めて学ぶ機会となりました。ペルーという国は、一割に満たない富裕層が国のほとんどの富を搾取し、政治と経済を支配している社会。社会の階層はピラミッド型で、人々は生まれた階層によって人生が決まってしまう。日本のように努力した者が成功するという社会ではないこと。

 下田宣教師はそのような国の最下層である貧民街に飛び込み、イエス様の愛を説いています。水も電気も舗装道路も無い街。そこは道徳心もモラルもない社会。親が子供たちに嘘をつくことや盗みを教え、子供たちは何が正しくて、何が悪いことなのかがわからない。「みなさんも、どうぞ一緒に考えてください。みなさんだったらどうしますか。私もわからないのです。どこから手をつけて良いのか」という下田宣教師の言葉が私の心に刺さりました。私だったら・・・・。

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 画面に映し出されドラム缶の水。それは彼らの飲料水で汚い川から汲まれた水。「私にはこの水は飲めない」と思いました。「あの水はやはり飲むのですか」と下田先生に尋ねた所、「家を訪問するとお茶として出されるので飲みますよ」と笑顔で答えてくれました。このため宣教を始めた頃は、下田先生は赤痢にかかったそうです。

 健康面ばかりでなく、ペルー宣教では数えられないくらい「友人の難」に遭ったそうです。ペルーで最も信頼していた友人に教会のお金を預けた結果、全て盗まれてしまったという経験。運転中に自分を殺そうと事故を起こした友人。それでも下田宣教師は、「相手が謝って来たら、私は伝道者ですから赦さないわけにはゆきません」と相手を赦し、受け入れたそうです。

 下田宣教師の話を聞きながら、自分はどうだろうかと考えました。私たちにとって、赦せない相手を赦し、愛せない相手を愛し、その人を受け入れることは十字架です。私達はその十字架を取る事も、取らない事も選べます。しかし大切なことは、それでもイエス様がその人を愛しているという真実です。「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」というイエス様のことばが私の心残ります。祈りつつ、主のみ声に聴き従い、歩みましょう。

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by carbondalle1996 | 2015-02-22 19:20 | 日記 | Comments(0)
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