ブログトップ

5つのパンと2匹の魚

fivebread.exblog.jp

隣人のために損をする

f0229700_5325683.jpg


 私が神学生の時、先輩が奉仕する教会で奉仕のお手伝いをした経験があります。その教会は毎日炊き出しなどを行ってホームレスの人々に伝道する教会です。私たちの教会のように綺麗な壁や絨毯ではなく、入った途端に鼻を摘まみたくなるような臭いがしました。そこで伝道集会を開き、集会後にお食事を提供しました。

 伝道することで私の心は喜びで充たされましたが、内心私はそのとき、「ここで毎日奉仕することはできない」と思いました。異臭を辛く感じました。しかし、今になってそれが自分の高慢であり未熟さだったと反省しています。神様が彼らを愛していることに私はそのとき気がつきませんでした。その教会では、今でも私の神学校の先輩であるS牧師夫妻が奉仕をしております。

 ペルーとも大阪とも場所は違いますが、私たちはこの秋田という街で神様を礼拝しています。教会に来て物を盗む人はいませんが、もしこれからそういった人々が教会に入ってきたとしたらどうだろうか。下田宣教師のように、「彼らこそイエス様を信じて救われるべき魂だ」と言って迎え入れるでしょうか。ホームレスの人々が教会に入ってきたらどうでしょうか。私のように「ちょっと勘弁してほしい」と言うか、S先生のように「この人たちもイエス様の愛の対象だ」と言って迎え入れるでしょうか。

 3週間前に大和教会の祈祷会にアルゼンチンから宣教師の在原繁先生がメッセージをされました。その中でどんな地にあっても伝道するということは、愛がなければできないことを教えてくださいました。そしてこの愛の定義は何だろうかとずっと考えたそうです。そしてあるとき神様から「愛とは相手のために損をすることだ」と教えられたそうです。

 私たちはよく「類は友を呼ぶ」と言いますが、自分と同じ価値観や考え方の友人を持ちます。それが楽であり、それが自分にとって得だからです。誰も自分が損をすると思う人とは付き合いません。その人と一緒にいると得をすると思うから付き合います。しかし、イエス様が教えてくださった愛とはその逆です。その人と付き合うと損をする。この損をすることを喜んでその人と付き合うことが愛だと在原先生はあるとき神様から教わったそうです。

 あなたは隣人に接するときに、この人と損をしようと思ってお付き合いをしていますか?イエス・キリストはあなたのために損をしようと、あなたの身代わりに十字架に掛かりました。今度はあなたが隣人の身代わりに十字架に掛かる事ではないでしょうか。その人のために損をする覚悟でをその人を愛しましょう。その愛も神様があなたに与えてくださいます。
[PR]
by carbondalle1996 | 2015-03-06 05:33 | 日記 | Comments(0)
<< マーサ・ベリー ツロとシドンよりも >>