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5つのパンと2匹の魚

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賢い者と幼子と

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そのときイエスは声をあげて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。(マタイ11章25節) 

 原文では「あなたをほめたたえます」という動詞から始まっています。イエス様は「あなたをほめたたえます」とまずおっしゃったのです。これは私たちの信仰生活の上でとても大切なことです。どんな失敗が起こっても、将来に対する恐れが襲ってきても、そのたびに神様を見上げて「あなたをほめたたえます」と告白したらどんなに素晴らしいでしょうか。イエス様は「あなたが信じたとおりになる」と言っています。ですから肯定的言葉を告白すれば物事は肯定的な結果となります。

 さて、イエス様は今まで弟子たちに「神様は父なる方」と教えてきましたが、ここでイエス様は神様を「天地の主」と表現しています。父なる神様を「天地の主」と表現しているのは聖書の中でここだけです。父なる神様は天地万物を創造されたお方。そしてすべての者の父です。

 ここでイエス様が言われた「これらのこと」とは、カペナウム・コラジン・ベツサイダの人々が見ても信じなかった「救い主メシヤとしての力あるわざと福音の教え」です。それはイエス様こそ聖書が預言した来たるべきメシヤであるという真理です。この真理を神様は賢い者や智恵ある者に隠しました。

 賢い者や智恵ある者とは、自分を賢いと思う者、智恵ある者と考えた律法学者やパリサイ人、またイエス様の力あるわざを見て悔い改めなかったカペナウムやコラジンに住む人々です。神様は彼らに対して真理を隠しました。隠すとは覆いを被せて見えなくするという意味です。彼らは、自分達はモーセの律法を知っているし、神様を知っていると自覚していました。その高慢さゆえに神様は真理に覆いをかぶせて彼らの目に見えなくさせたのです。

 一方で神様は、この永遠の真理を幼子たちに現してくださいました。幼子とは子供たちという意味ではなく、心の貧しい者、自分には救いが必要だと認め心を低くする者です。罪人としてユダヤ人から差別された取税人やらい病人、あしなえの人々や盲人など社会の底辺の人々に対して神様は、この覆いを取り除き現してくださったのです。

 あなたがイエス様を主と信じて口で告白するならば、あなたも幼子です。それはあなた自身で見出したものではなく、神様の一方的な恵みによってあなたに現してくださったのです。それは誰も誇らないためです。今日もあなたの口が主を讃美し、誉め讃える口となりますように。
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by carbondalle1996 | 2015-03-09 05:51 | 日記 | Comments(0)
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