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5つのパンと2匹の魚

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再び結んでくださる方

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そこでイエスは彼らに言われた、「あなたがたは、ダビデとその供の者たちとが飢えたとき、ダビデが何をしたか読んだことがないのか。すなわち、神の家にはいって、祭司たちのほか、自分も供の者たちも食べてはならぬ供えのパンを食べたのである。(マタイ12章3~4節)

 パリサイ人が「安息日にしてはならないこと」と言ったのは、他人の畑から取って食べたことではなく、安息日に働いたことを意味しました。穂を摘んだことは収穫という労働を意味し、穂をもんだことは脱穀という労働、食べたことは胃に貯蔵したこと。こうしたパリサイ人の批判に対してイエス様は、パリサイ人が認めているダビデ王の話をもって答えました。

 イスラエルの2代目の王様となるダビデがサウル王に追われていたとき、ダビデとその供の者たちがノブという町に逃れたとき、祭司アヒメレクの所に行きました。そのときアヒメレクは、幕屋に入って祭司以外食べてはならない供えのパンをダビデとその供に与えて、彼らの空腹を満たしました。それを聖書は罪だと指摘していません。お腹の空いた子供に、たとい供えのパンであっても与えるということは、罪ではありません。神様の憐れみが安息日の規定以上に尊いことを示しているのです。

 人の作りだす宗教は、人の生活を縛り苦しめます。神様が作った宗教は人の魂を回復し、平安を与え、私たちを束縛から解放してくださいます。宗教を英語ではReligionと言います。これは本来「再び繋ぐ・結ぶ」という意味だといいます。神様と私たちとの切れてしまった関係の糸をイエス・キリストが再び結び、繋いでくださるのです。これが神様が私たちにくださった福音の真理です。

 あなたもイエス・キリストを心にお迎えください。主はあなたをあらゆる束縛から解放し、あなたの魂に自由を与えてくださいます。神様はあなたを愛しています。
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by carbondalle1996 | 2015-03-20 05:42 | 日記 | Comments(0)
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