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神とともに歩み

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エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった。(創世記5章24節)

 私たちはよく「神様があなたと共におられますように」と言います。英語では、「God bless you」です。聖書には「神様がAとともに・・・」という①文章と、「Aは神様とともに・・・」という②文章の2つのパターンが記載されています。どちらも同じ意味に思えますが、主語が違います。

 ①は主語が神様ですが、②は主語が個人名です。どちらの文章が重要でしょうか。またはどちらの文章が多く聖書に記載されているでしょうか。①のパターンの例として、「主はヨセフとともにおられた」という文章が創世記39章にあります。②のパターンの例として、「ノアは神とともに歩んだ」という文章が創世記6章にあります。

 実は①のパターンの文章の方が圧倒的に多いのです。インマヌエルというのは、主が我らとともにおられるという意味ですが、神様が主体となって罪人の私と共にいてくださるという文章は多くあります。しかし、個人名が主語となって神様とともにという文章はエノクとノアだけです。

 「エノクは神とともに歩み」(創世記5章24節)、「ノアは神とともに歩んだ」(創世記6章9節)。神様が罪人の私たちと共にいてくださる。これが主の恵みです。イエス様が私のような罪人といつも共にいてくださる。私が立派だから、優秀だからではありません。これは一方的な神の恵みです。

 しかし、神様の目から見て、エノクとノアだけは違いました。エノクとノアは神様とともに歩みました。あの信仰の父アブラハムでさえも、アブラハムは神とともに歩んだとは記されていません。だから神様は99歳のアブラハムに「あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ」と命じたのだと思います。

 わたしの前を歩みなさいとは、エノクやノアが神様とともに歩んだように歩みなさいということだと思います。そして全き者とは、信仰の上で完全な者になれという意味ではなく、エノクが私とともに歩み私にすべてを信頼して歩んだように、私に全てをゆだねて歩みなさいという意味だと思います。

 あなたは自分はなぜこうなってしまったのだろうかと後悔していませんか。将来が心配で眠れない夜を過ごしていませんか。あなたの人生を神様に信頼してゆだねてみてはいかがですか?神様は必ずあなたの人生を祝福し、あなたのすべての必要を充たしてくださいます。主に信頼して歩みましょう。
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by carbondalle1996 | 2015-05-01 06:43 | 日記 | Comments(0)
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